第一次バーバリ戦争
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1804年2月16日の拿捕された味方艦の破壊作戦で燃え上がるフィラデルフィア(手前の船は、フィラデルフィアに工作隊員を送り込み、破壊に成功して退避するイントレピッド)

第一次バーバリ戦争(First Barbary War、1801年-1805年)は、アメリカ合衆国地中海の北アフリカ沿岸のバーバリ諸国と呼ばれたオスマン帝国から任命されたパシャが統治する独立採算州の一つであるトリポリとの間で行われた戦争。このため、トリポリ戦争の別名がある。

なお、この戦争はアメリカ合衆国が独立して最初に経験する宣戦布告の手続きがされた正式な対外戦争となった。
目次

1 背景

2 経過

2.1 交渉

2.2 開戦

2.3 トリポリ港の戦い

2.4 作戦方針の転換

2.5 ダーネの戦い

2.6 終結


3 影響

4 関連項目

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背景

この頃の地中海沿岸の北アフリカは、オスマン帝国の独立採算州として準独立地域の状態にあって、バーバリ諸国と呼ばれており、主にトリポリチュニスアルジェの三つの地域からなっていて、それぞれにオスマン帝国本国からパシャが任命されて統治していた。

バーバリ諸国は、自前の武装組織としてバルバロス・ハイレディンらを輩出したバルバリア海賊を擁しており、その武力を背景にオスマン帝国の保護下で地中海を通過する商船の船籍国から通行料と称する上納金を徴収した外、商船を襲って得たキリスト教徒捕虜人質にし、その国籍国と交渉して身代金を得ていた。

また、イギリスフランスオランダ等の強力な海軍を擁する国家は、強力な護衛艦隊を随伴させて通行料を納めなかったものの、互いにバルバリア海賊へ資金提供して互いの商船を襲わせるという状況であった。

なお、1783年に独立を達成したアメリカ合衆国は、豊富な森林資源による造船コストの安さにより、独立前から海運業が発達していた。独立前は宗主国であったイギリスの商船旗を掲げることでバルバリア海賊の襲撃を免れていたものの、独立達成後は独立直後の財政難によりバーバリ諸国のパシャ達が要求する金額の通行料が支払えずにその直後からバルバリア海賊の襲撃目標になり、襲われ続けていた。


経過


交渉

アメリカ合衆国が通行料を要求どおり支払わないため、バーバリ諸国と呼ばれたトリポリ、チュニス、アルジェのパシャ達は、アメリカ合衆国に対し、これまで滞納していた通行料の一括払いと年間の通行料の速やかな支払いを公式に連名で要求してきた。しかし、独立直後の財政難にあえいでいたアメリカ合衆国にとってその額は莫大なものであり、国庫の資金だけで到底支払えるものでなく、実質的な海賊の懐に資金が流れるのを良しとしないアメリカ合衆国の海運業者はこれに協力しようとしなかった。

このような経過で要求額には満たないものの、アメリカ合衆国は集められるだけの資金をウィリアム・ベインブリッジに持たせて通行料を値切るための交渉に向かわせた。しかし、バーバリ諸国のパシャ達は納得しなかった。なお、このときベインブリッジは、最初に寄港したオスマン帝国の首都であるイスタンブルでトリポリへ行くよう指示され、トリポリ入港にあたってオスマン帝国の国旗を掲げて入港させられるという屈辱を味わっている。

この反応に危機的なものを感じ取ったアメリカ合衆国は、艦隊を組織して地中海に派遣した。

この間も地中海を通過するアメリカ合衆国船籍の商船はバーバリ諸国の配下にあったバルバリア海賊に襲われ続け、抑留された捕虜に対するアメリカ合衆国からの身代金の支払いも滞ると見るや、違約金代わりにキリスト教徒の捕虜を奴隷として転売する姿勢を見せ始めた。


開戦

1801年5月14日、トリポリのパシャであったユサフ・カラマンリが在トリポリアメリカ合衆国領事館星条旗を旗竿から切り落とすという暴挙に出たため、国旗に対する公式な侮辱であると受け取ったアメリカ合衆国との間で緊張状態になった。

このような中、6月1日、アメリカ海軍のリチャード・デイル率いるプレジデント、フィラデルフィア、エセックス及びエンタープライズからなる、先述の艦隊がジブラルタルに到着している。

6月10日、トリポリ側がアメリカ合衆国に対して開戦を通知したため、正式に戦争状態に突入した。

このとき、派遣されたアメリカ海軍の艦隊は、トリポリ側が約25000名の兵員と24隻の戦闘艦を擁していることから正面攻撃を行うわけにもいかず、遠巻きにトリポリに対する海上封鎖を行い、地中海を通過するアメリカ合衆国船籍の商船の護衛を行っている。

それでも8月1日、アメリカ海軍のエンタープライズとトリポリ側のボラクルとの間で最初の戦闘が発生しており、このときは、アメリカ海軍が一方的に攻撃してトリポリ側のボラクルを戦闘不能に陥れ、武装解除の上で解放している。


トリポリ港の戦い

詳細はトリポリ港の戦いを参照



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki