竹村 健一(たけむら けんいち、1930年4月7日 - )は、日本の政治評論家。大阪府大阪市生野区生まれ。
国士舘大学教授で思想史家の竹村英二は次男。
目次
1 人物
2 エピソード
3 交遊録
4 メディア出演
4.1 現在
4.1.1 ラジオ番組
4.2 過去
4.2.1 テレビ番組
4.2.2 ラジオ番組
5 CM
6 音楽作品
7 著書
7.1 単独著
8 共著書
9 関連項目
10 外部リンク
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旧制大阪府立生野中学校の1年生の時に旧制兵庫県立生野中学校に転校。卒業後、旧制姫路高等学校文科甲類に入学するが学制改革により翌年新制京都大学に入学。アメリカ・フルブライト財団主催のフルブライト奨学金制度の第1号としてアメリカのシラキューズ大学に留学。京都大学文学部英文学科を卒業後、毎日新聞社の英語新聞Mainichi Daily Newsの記者、山陽特殊鋼調査部長、追手門学院大学英文科助教授、拓殖大学客員教授などを経て現職。2006年からは『AICJ中学校・高等学校』を運営する学校法人AICJ鴎州学園の理事長も務めている。竹村の肖像は、ニューヨークのビルの壁画にもなっている(後述)。
論調は基本的に保守的で友人・知人にも保守派の論客が多く、日本共産党や公明党とは主張が異なるものの、政党傾向、人物に偏らず、良いと思えるところは率直に評価する。
パイプを銜えた独特な風貌、「大体やね」「ブッシュさんはね」(日本で、海外の政治家を「さん」付けで呼ぶことは通常ない)など、時に物真似のネタになる口調や独特の語の強調による特徴的かつ辛辣なトークによる評論をおこなうことで有名だが、バラエティ色の強いCMやみずからのセリフをフィーチャーしたレコードを出すなど、ユーモアのある面も持っている。
広い見識を持ち、テレビ等でもたびたび『英国エコノミスト』、『フィナンシャル・タイムズ』など、日本の新聞では紹介されにくい海外紙面からの情報も幅広く紹介する。
また自身のブログでは、日本のマスコミに出てこない重要なニュースや記事を定期的に発表している。
広島を中心に学習塾を展開する鴎州コーポレーションの取締役相談役でもある。
2008年3月30日放送の報道2001出演を最後に同番組を卒業。
エピソード
1985年よりニューヨーク・マンハッタンの五番街のとあるビルには竹村の肖像壁画が描かれている ⇒[1]。アデランスのCM撮影用に描かれたものであるが、絵を消すには1200万円の費用がかかることや、街路樹の位置の関係でビルの壁面が広告スペースとしては不適で広告会社が手をつけなかったこと、ビルの所有者も気にいっていること、地元の人たちの評判も良いことなどの理由から、2008年現在の今もそのままになっている。
日本全国均一の航空運賃の発案者。
富田のりこに、番組内で「ドラえもんみたいですね」と言われたことがある。これはいろいろなことを幅広く知っているということを富田流に喩えたのだが、竹村は「ドラえもんゆう漫画があるのは知っとるけどな」と素っ気ない受け答えをしていた。
ものまねでは、桑野信義がレパートリーとして加えており、ものまね番組では竹村ふんする桑野と共演したことがある。しかめっ面ではあったものの、ものまねの出来にはご満悦だった。また、今ではめったにものまねをしない志村けんもかつては竹村のものまねをしていた時期があった。
1963年に山陽特殊鋼調査部長となるが1年で見切りをつけ1964年に退職。その1年後の1965年、山陽特殊製鋼は倒産した(山陽特殊製鋼倒産事件)。
前述のとおり、政界・財界・言論界を問わず、保守系の意見を持つ人物との交友関係が深い。
中曽根康弘(元首相)首相になる前からの付き合いで、政治家として敬愛してるという。