程普
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程普(ていふ、生没年不明)は、中国後漢末期の人物。は徳謀、幽州北平郡の人である。子は程咨孫堅以来、孫策孫権の孫家三代に仕えたの武将である。演義では、『鉄脊蛇矛』を愛用武器としていた。
目次

1 経歴

1.1 孫堅時代

1.2 孫策時代

1.3 孫権時代


2 人柄

3 関連項目

4 外部リンク

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経歴


孫堅時代

州郡の役人のときから非凡さが際立っていた程普が、孫堅の配下になったのは、黄巾の乱のときであったと考えられている。また、孫堅が董卓討伐のために出陣すると、孫堅とともに反董卓連合軍に加わり、演義などでは華雄の副将・胡軫を討ち取るなど奮戦している。


孫策時代

孫堅死後、一時的に袁術の配下になるが、孫策の独立に際し、朱治黄蓋韓当といった孫堅配下の主だった武将とともに、再び孫家に仕えることになった。孫策の江東制覇に従い、劉?を曲阿から追放する。袁術の死後、旧袁術軍を吸収していた劉勲討伐、および孫堅の敵であった黄祖討伐にも従軍している。


孫権時代

200年の孫策の死後、後継者である孫権に従う。程普は、張昭ら文官と団結し、武官として若い当主を支えた。また、孫家に従わない地方の平定に赴くなど、政権の安定に尽力した。

208年赤壁の戦いにおいては、周瑜と並び右督となり、烏林において曹操軍を敗退させた。これにより、裨将軍、江夏太守となる。

周瑜が早世した後、南郡太守となるが、のちに江夏に戻る。盪寇将軍に任じられた後に逝去している。


人柄

気前の良い人物で、孫家に最も古くから仕えていた古参の武将でもあったことから、他の武将から程公と呼ばれていた。若くして台頭してきた周瑜とは折り合いが悪かったが、後に彼の能力を認め尊重するようになった。


関連項目

三国志人物記事一覧


外部リンク

『三国志』程普伝全訳・原文
カテゴリ: 三国志の登場人物

更新日時:2007年12月21日(金)21:40
取得日時:2008/10/08 22:28


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki