稀勢の里
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稀勢の里 寛
四股名稀勢の里寛
本名萩原 寛
生年月日1986年7月3日
出身茨城県牛久市
身長188cm
体重170kg
所属部屋鳴戸部屋
成績
現在の番付東小結
最高位東小結
生涯戦歴267勝207敗(39場所)
幕内戦歴181勝164敗(23場所)
優勝幕下優勝1回
賞殊勲賞2回、敢闘賞2回
データ
初土俵2002年3月場所
入幕2004年11月場所
備考
2008年7月27日現在
 ・編・歴 

稀勢の里 寛(きせのさと ゆたか、本名:萩原 寛(はぎわら ゆたか)1986年7月3日−)は、兵庫県芦屋市生まれ、茨城県牛久市出身、鳴戸部屋所属の現役大相撲力士。得意手は左四つ、おっつけ。身長188cm、体重170kg。最高位は東小結2006年7月場所〜2007年1月場所・2007年9月場所・2008年3月場所〜2008年7月場所)、好物はのっぺい汁焼き鳥血液型はB型、愛称は「ハギ」、「キセノン」。趣味はスポーツ観戦。
目次

1 来歴

2 才能・取り口

3 略歴

4 エピソード

5 幕内での場所別成績

6 主な成績

7 改名歴

8 関連項目

9 外部リンク

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来歴

小学校4年生から野球をやっていたが、相撲が好きで小学校2年生頃からよくテレビで観戦していた。野球の才能も高く、中学3年の時には強豪校からの勧誘もあった。入門にあたっては難色を示す両親や中学の先生を、鳴戸親方が熱心に説得し、実現した。四股名は本名で取っていたが新入幕の場所で改名。「稀な勢いで駆け上がる」という意味を込めて師匠が提案、本人も納得してつけられた。

低迷する日本人力士の希望として親方衆やファンの期待は大きく、関取昇進以前から将来の飛躍を確実視されていた。その素質への高い期待に応えるように、中卒で入門した力士としては極めて早い出世を重ねる。そのペースを上回る勢いで出世し追いついてきた琴欧州(現・琴欧洲)とは、幕下から十両時代にかけて良きライバル関係を築く。十両昇進は貴乃花に次ぐ年少2番目の記録(17歳9ヶ月)、新入幕も貴乃花に次ぐ年少2番目の記録(18歳3ヶ月)で番付を駆け上がったが、入幕直後は苦戦が続き、土俵際で粘られてたまたま足が出て勝った相撲や体格に任せて無理矢理倒す相撲、相手の叩きにつけ込んだ相撲が多く、土俵際の逆転を頻繁に許すなど詰めの甘さも目立ち、舞の海には「前に出て土俵際で止まることも勉強しなきゃいけないですね」という酷評を受けたこともある。

新入幕からの一年は最高9勝で、ぎりぎりの勝ち越しと負け越しを繰り返していたが、2005年9月場所では12勝を挙げ最後まで優勝争いに残り、また優勝争いの先頭だった琴欧州に土をつけるなどの大活躍で、初の三賞、敢闘賞を受賞した(19歳2ヶ月での初三賞受賞は貴乃花、白鵬に次ぐ史上3位の年少記録)。しかし、更なる活躍が期待された翌11月場所は自己最高位の東前頭5枚目で壁にぶち当たり5勝10敗と大きく負け越した。

2006年3月場所では東前頭7枚目で10勝5敗と2005年9月場所以来3場所ぶりの二桁勝利を上げる活躍をし、翌5月場所は苦戦しながらも自己最高位の東前頭筆頭で千秋楽に勝ち越し。7月場所での三役昇進を果たした(19歳11ヶ月での三役昇進は貴乃花、北の湖、白鵬に次ぐ史上4位の年少記録)。この場所は中日までは自分よりも番付が上の力士とばかりの対戦が組まれ、8日目まで2勝6敗ながらも、2大関(琴欧州・魁皇)を破るなど健闘し、9日目から6連勝し最終的には8勝7敗と新三役で勝ち越しを収めた。翌9月場所では横綱朝青龍から初白星を上げ、8勝7敗ながらも朝青龍に勝利したことが評価され、殊勲賞を受賞した。翌11月場所も勝ち越したが、前場所破った朝青龍に蹴手繰りの奇襲を受けている。ともかくも幕内に昇進して以来初めての年間全場所勝ち越しを達成した。

2007年は大関昇進、優勝を期待される年となった。だが、翌1月場所は変化技に弱いなど土俵際での甘さが見え新入幕から2年以上が経つにもかかわらず、弱点が未だ克服されていないことを露呈させる形となり、何とか粘ったが千秋楽に破れ7勝8敗と負け越し、4場所勤めた小結から陥落した。東前頭筆頭で迎えた翌3月場所は、三役復帰に向けて必死の土俵を続けていたが中日の朝青龍戦で送り投げで投げられ、倒れた後に軽く膝蹴りを受ける。これには異論もあるが、当時解説者は「これはいけませんね。膝でおっつけしちゃ」と朝青龍に苦言を奏している。その後は相撲内容が振るわず、結局6勝9敗で負け越し、5月場所も6勝9敗と3場所連続で負け越した。

続く7月場所は、千秋楽で大関昇進が確実な関脇琴光喜に勝利するなど、西前頭6枚目ながら11勝4敗と8場所ぶりの二桁勝利を達成した。その場所において琴光喜の大関昇進が決まったこと、同じく関脇の安馬が負け越したこと、さらには小結・前頭上位で勝ち越したのは安美錦朝赤龍だけだったことが幸いして、翌9月場所では小結に復帰することとなった。しかし、また6勝9敗と勝ち越すことが出来ず、平幕に転落した。次の11月場所では、中盤までは黒星が先行する展開であったが終盤に4連勝するなど星を伸ばし、9勝6敗と勝ち越した。この場所からは四つ相撲主体の取り口が多く見られるようになり、終盤は左四つ右上手からの攻めが冴えを見せた。

2008年、東前頭筆頭と三役復帰が見える番付で迎えた1月場所は、朝青龍復帰の場所として注目を集めた。2日目に朝青龍と対戦した稀勢の里は、真っ向からの勝負で横綱を土俵下に送り倒し、自身初となる金星を獲得。最終的に10勝5敗という好成績を残し2回目となる殊勲賞を獲得。3月場所で3場所ぶりに小結復帰を果たし、11日目まで7勝4敗の好成績で迎えるも下位力士に連敗、14日目に勝ち越しを決めたものの、千秋楽に7勝7敗の西関脇琴奨菊戦に敗れ関脇昇進を逃した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen