秩父地方(ちちぶちほう)とは、秩父山地に囲まれた埼玉県の地方である。概ね秩父市と秩父郡の地域である。
目次
1 地理
2 歴史
3 気候
4 行政
4.1 市町村
5 社会
5.1 言葉(方言)
5.2 食文化
5.3 祭り
5.4 秩父美人
5.5 民俗芸能
6 産業
7 秩父地方出身の有名人
8 関連項目
9 外部リンク
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地理秩父夜祭
埼玉県を横断する荒川の上流部であり、秩父市主要部(秩父盆地)は、荒川の浸食作用による河岸段丘である。秩父山地に四方を囲まれており、東京都・山梨県・長野県・群馬県に接している。
地域での主な交通手段としては、道路は国道140号彩甲斐街道・国道140号寄居皆野有料道路・国道299号など、鉄道は秩父鉄道、西武秩父線である。
長瀞渓谷は自然が生み出したダイナミックな造形美の岩畳が有名な秩父地方を代表する観光地。
古代、良質の馬産地であり、武蔵国国造が置かれたり、また坂東八平氏のうちの 秩父氏を輩出するなど、昔から開けていた地域である。
708 「和同開珎」
現在の埼玉県秩父市黒谷にある和銅遺跡から、和銅(にきあかがね、純度が高く精錬を必要としない自然銅)が産出した事を記念して、「和銅」に改元するとともに、和同開珎が作られたとされる。
1884 「秩父事件」
負債に悩む秩父の農民たちは、困民党と呼ばれる組織を結成し、武装蜂起した。困民軍は、小鹿野、郡都大宮郷(現在の秩父市)を武力占拠したが、政府が警察や憲兵隊や東京鎮台を動員し、徹底的な武力鎮圧をはかる。事件後の裁判の結果、死刑7名を含む4000名余が処罰された日本史上最大規模の民衆蜂起。
2000 「秩父原人捏造事件」
埼玉県秩父市の小鹿坂遺跡で50万年前の旧石器とともに住居跡が「発見」された。当時は「北京原人よりさらに昔の世界最古の原人で、洞窟で生活していたという定説を覆す人類史上の大発見だ」と大騒ぎだった。ところがこの大発見は、藤村新一氏の捏造であることが発覚した。
盆地及び山地であるため、一日のうちの寒暖の差、冬と夏の気温差が非常に大きく、他の埼玉県の地域とは異なる気候である。天気予報においても、「埼玉県南部、埼玉県北部、秩父地方」と紹介されることが多い。内陸性気候に属する。
行政的な管轄では「秩父県税事務所」や「秩父県土整備事務所」など、この地方を管轄する県の出先機関はこの地方の中心都市である秩父市にある。
ただし、東秩父村においては税務行政(税務署・県税事務所)を除く国や県の機関の所轄は東松山市及び比企郡に所在する機関が管轄している。
言葉(方言)
秩父弁
食文化
秩父そば
おっきりこみ
イノシシ・シカの肉、きのこ
おなめ
秩父地方には神社仏閣が多いため祭りが多いことで知られる。年間400以上あると言われている。
秩父市大滝・ごもっともさま(2月3日)
三峰神社でおこなわれる節分行事。「ごもっともさま」の掛け声が絶妙のタイミングで周囲からは思わず笑いが漏れる。五穀豊穰・無病息災などを祈る祭り。「ごもっともさま」自身はすりこぎ状の棒で男性のシンボル。
山田の春祭り(3月第2日曜)
秩父路の春の到来を告げる祭り。朝、昼、夜の三回屋台・笠鉾の牽引がおこなわれ、夜の音楽花火がこの祭りの大きな特徴。(日本初の音楽花火)
秩父神社御田植え祭り(4月4日)
秩父神社のの祈念祭。市内今宮神社の竜神池より水幣を貰い、秩父神社境内にて田植えの真似をする。春になって山の神を里に迎える祭りとも言われる(その神を山に返すのが秩父夜祭)。鳥居下に藁で作った竜神を祀る。その藁の竜神が秩父夜祭の際の榊神輿の台座となる。
小鹿野春祭り(4月第3土曜日とその前日)
小鹿神社の例大祭。笠鉾2基・屋台2基が奉曳される。