神取忍
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参議院議員 神取 忍
生年月日1964年11月3日(43歳)
出生地神奈川県横浜市
出身校横浜学園高等学校卒業
学位・資格
前職女子プロレスラー
所属委員会
内閣役職文教科学委員会委員
議院運営委員会委員
世襲無
選出選挙区比例区
当選回数1回
所属党派自由民主党(町村派
党役職党青年局東部統括部長
会館部屋番号参・議員会館
神取忍.net

神取 忍(かんどり しのぶ、1964年11月3日 - )本名:神取 しのぶ 。元柔道選手、現在は女子プロレスラー参議院議員。身長170cm、体重75kg、血液型B型。神奈川県横浜市磯子区岡村出身。私立横浜学園高等学校卒業。
目次

1 所属

2 プロフィール

2.1 柔道家として

2.2 プロレスラーとして

2.3 政界入り


3 得意技

4 タイトル歴

5 入場テーマ曲

6 TV番組

7 TVCM

8 関連項目

9 外部リンク

//


所属

ジャパン女子プロレス(1986年?1987年)

フリー(1988年?1992年)

LLPW(1992年?)


プロフィール

神取忍
プロフィール
リングネーム神取忍
本名神取しのぶ
ニックネームミスター女子プロレス
身長170p
体重75s
誕生日1964年11月3日
出身地神奈川県横浜市
所属LLPW
スポーツ歴柔道
デビュー1986年8月17日
 ・編・歴 

獲得メダル
日本
女子 柔道
世界柔道選手権
銅198466kg級


柔道家として

15歳から始めた柔道で、全日本選抜柔道体重別選手権(66キロ級)で3連覇、世界柔道選手権3位、福岡国際女子柔道選手権2位の成績を残すが、柔道のバックボーンが講道館ではなく、町道場出身だった為、柔道界ではあまり優遇されなかったと言われている。その為成績は素晴らしいものを残しているが柔道家であったことを知る者は意外に少ない。


プロレスラーとして

1986年、女子プロレス団体ジャパン女子プロレスに入団。1986年8月17日後楽園ホールのメインイベントジャッキー佐藤戦でデビュー。その後、団体内のトラブルからジャッキーとの再戦で、神取いわく「(ジャッキーの)心を折る」壮絶なシュートマッチを行う。

プロレス界初のフリー宣言を行い、当時、全日本女子プロレスのエースで絶大な人気を誇っていた長与千種との対戦を熱望し、全女と交渉するが、長与も乗り気だったにもかかわらず、当時の全女のフロントから拒否され、幻となる(その後、長与がカムバックした事により、両者の対戦が期待されたが、タッグマッチで1度対戦したのみで、再び長与が引退した為、両者のシングルマッチは未だに実現していない)。

長与との対戦が不可能となった後、フリーランスとしてジャパン女子プロレスに戻るが、ジャパン女子の崩壊を経て1992年8月29日LLPWの旗揚げに参加。

1993年、団体を背負い、北斗晶と対戦し2戦1勝1敗。デンジャラス・クイーンという北斗の異名のきっかけとなる流血試合を繰り広げる。

1995年、女子初の総合格闘技L-1に参加。優勝候補と目されていたが、グンダレンコ・スベトラーナに敗れ準優勝。1998年の第2回大会でリベンジを果たし優勝。

1999年格闘探偵団バトラーツのマッハ純二(現・タナカジュンジ)に勝利。女子プロレスラーが男子にシングル戦で勝利した数少ない例。また2000年、「私が入っても全然違和感がない」と語った男女混合マッチを経て、天龍源一郎とシングルで対戦。拳で殴られ顔を腫らした結果、セコンドのタオル投入によるTKOで敗北したが、「女子プロレスという枠を壊したい」という発言を体現した。

2000年1月、『Physique 神取忍写真集』(バウハウスISBN 4-89461-165-1にてセミヌードを披露。

2002年10月1日、LLPWの代表取締役に就任。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki