社会保険(しゃかいほけん)とは、社会保障の分野のひとつで、国民が生活する上での疾病、老齢、失業、労働災害、介護などの事故(リスク)に備えて、事前に強制加入の保険にはいることによって、事故(リスク)が起こった時に現金又は現物給付により生活を保障する相互扶助の仕組みである。日本では、医療保険、年金保険、労災保険、雇用保険、介護保険の5種類の社会保険がある。
目次
1 概要
2 社会保険の歴史
2.1 社会保険制度の創設
2.2 第一次世界大戦後
2.3 第二次世界大戦後
3 日本の社会保険の歴史
3.1 健康保険の創設
3.2 年金の創設
3.3 労災保険と雇用保険の創設
3.4 介護保険の創設
3.5 関連項目
4 社会保険の特色
4.1 生活保護との違い
4.2 民間保険との違い
4.3 関連項目
5 社会保険の種類
5.1 給付による分類
5.2 対象者による分類
6 関連項目
7 参考文献
8 外部リンク
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保険とは、事故(リスク)に備えて、社会生活を営む人が多数集まり、財貨を拠出(保険料)して、共通の準備財産をつくり、それによって個人の経済生活を安定したものにしようとする仕組み(保険方式)である。保険料を主体としてできあがった財産を中心に一つの集団(保険集団)が組織され、保険集団の運営主体(保険者)と参加者(被保険者)の関係(保険関係)が生じる。あらかじめ取り決められた共通の条件(保険事故)が生じた場合に限って保険給付の支払いが行われる。
日本の社会保険は、それぞれの保険集団が、そのグループ構成員に強制加入を求めて、全国民(国民皆保険・皆年金)を包みこんでいる。社会保険の財源は保険料中心であるが、保険料以外の主なものには国庫負担金がある。また、医療保険や介護保険の場合は、被保険者等が支払う一部負担金もある。保険料は、被用者保険では被保険者本人のみならず事業主も負担している。また、保険料を軽減するために国や地方公共団体も費用の一部を負担しているが、これは低所得者も含めて保険集団としてのまとまり(相互扶助・社会連帯)を作る側面がある。
世界で最初の社会保険制度は、1880年代に創設されたドイツの社会保険制度である。当時、イギリス等に比べて経済的に後進国であったドイツは、急速に産業革命を進め経済的発展を図るために、労働運動を抑圧する必要があり社会主義者鎮圧法が制定された。その反面で、労働者にアメを与えること(福祉向上)とし、宰相オットー・フォン・ビスマルクは、1883年に疾病保険法、1884年に災害保険法、1889年に老齢疾病保険法を制定する飴と鞭政策を採った。イギリスは、古くから「友愛組合」という名の共済組合が発達しており、労働者の生活もわりあい恵まれていた。しかし、20世紀に入り、ドイツ、アメリカ等の後進資本主義国が発展し、世界経済市場で競争が激化し、労働者の生活も圧迫されたため、デビッド・ロイド・ジョージは、1911年に国民保険法(健康保険と失業保険)を制定した。失業保険は、世界で最初の制度である。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパの多数の国々で社会保険制度が整備された。
1919年の第一次世界大戦終戦の前から戦後にかけて、社会的混乱を防ぎ、国民生活の安定を図るために、ヨーロッパの多数の国において、失業保険と年金が整備された。1929年に発生した世界的大恐慌は、世界各国を不況のどん底におとし入れ、それまで社会保険制度に大きな関心を示さなかったアメリカも制度の創設に踏み切らざるをえなくなった。フランクリン・ルーズベルトのとったニューディール政策の一環として、1935年に連邦社会保障法が制定され、失業保険と老齢年金が整備された。
第二次世界大戦中に、イギリス、アメリカ等の国は、戦後の混乱を回避するため、いちはやく対策を検討していた。イギリスでは、ウィリアム・ベバリッジの「ベバリッジ報告」で提唱された社会保障計画に基づいて、戦後、相次いで各種の社会保障立法が整備された。ILOも、第二次世界大戦中から戦後にかけて、世界各国における社会保障の整備推進のため国際的指導力を発揮しており、1952年には「社会保障の最低基準に関する条約」(102号条約)を採択している。 これらの動きをはじめとして、第二次世界大戦後、世界の主要国においては、何らかの形の社会保険制度を有することになり、日本においても、本格的に社会保険制度が整備された。