磐梯町
ばんだいまち国 日本
地方東北地方
都道府県福島県
郡耶麻郡
団体コード07407-1
面積59.69km?
※境界未定部分あり
総人口3,852人
(推計人口、2008年7月1日)
人口密度64.5人/km?
隣接自治体北塩原村、猪苗代町
喜多方市、会津若松市
町の木
町の花
他のシンボル
磐梯町役場
所在地〒969-3392福島県
耶麻郡磐梯町大字磐梯字中ノ橋1855番地
電話番号0242-74-1221
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特記事項:
磐梯町役場
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磐梯町(ばんだいまち)は、福島県耶麻郡(やまぐん)にある町である。
目次
1 地理
2 歴史
3 地域
3.1 教育
3.2 文化財
4 姉妹都市・友好都市
4.1 海外
5 産業
6 交通
6.1 鉄道路線
6.2 道路
7 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
8 脚注
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町内の最高点は磐梯山の山頂で標高1819m、最低点は会津盆地の一端で標高200mである。町域は磐梯山および猫魔ヶ岳の山麓の南斜面に位置している。平坦地はほとんど無いが、日射や湧水に恵まれ稲作には適している。
磐梯町駅周辺の中心市街地は慧日寺の門前町を起源とし、古くから大寺(おおてら)という地名で呼ばれていた。今日、この地区の大字名は「磐梯」であるが、「大寺」という通称で呼ばれることが多い。また、磐梯町駅は1965年までは大寺駅という名称であった。
磐梯町は古くから磐梯山にまつわる山岳信仰の地であったらしい。807年(大同2年)、法相宗の僧徳一がこの地に下り、慧日寺を開基する。徳一は東大寺と興福寺に学び、空海や最澄とも論争した高僧であったのだが、都の暮らしを嫌ったとも、民衆への布教を志したとも言われる。
慧日寺は平安時代の末期には寺僧300、僧兵3,000、寺領18万石という大寺院に発展し、会津一円を支配していた。治承・寿永の乱では平氏方に味方するが、1181年(養和元年)、僧兵の頭である淨丹坊の率いる僧兵3,000は、城助職と共に横田河原の戦いで木曾義仲と戦って敗れる。以後会津地方の支配権は蘆名氏など鎌倉系の武士団の手に移り、慧日寺は衰退していく。1589年(天正17年)には蘆名義広と伊達政宗が戦った摺上原の戦いの兵火を受け、堂塔伽藍のほとんどが焼失した。
江戸時代には会津藩領となる。明治維新を経て、1889年(明治22年)、磐梯村、更科村、大谷村、赤枝村が合併して磐梯村となり、現在の町域となる。
1914年(大正3年)、日橋川の急流を活用した猪苗代水力発電所が完成し、翌年から東京まで228Kmの長距離送電を開始する。この発電所は当時世界第3位の規模を誇っていた。またこの電力を利用して1916年(大正5年)に高田商会の大寺製錬所が開業し、亜鉛、カドミウムの精錬などの事業を行う。