短機関銃(たんきかんじゅう)とは、一人で携行できる全自動の小火器である。英語ではサブマシンガン(Submachine gun, SMG)。機関銃との違いは、小銃弾でなく、拳銃弾を使用する点にある。第二次世界大戦でドイツ軍が使用 Maschinenpistole MP 40
目次
1 概要
2 歴史
2.1 初期
2.2 第二次世界大戦
2.3 戦後/現代
3 日本での呼称
4 機関銃と短機関銃の区別の問題
5 主な短機関銃
5.1 軍用短機関銃
5.2 警察・特殊部隊向け短機関銃
5.3 PDW
6 関連項目
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短機関銃は拳銃弾を使用するため小銃より有効射程距離が短いが、反動が小さく全自動射撃に向く。また一般的に小型にできるので一人で携帯・使用でき、取り回しが楽という特徴を持つ。そのため軍隊では前線部隊指揮官や戦闘車両搭乗員の自衛用に使用される。突撃銃(アサルトライフル)が登場する前の第二次大戦のころは近接戦闘で大規模に使用された。
また警察の銃器対策班や特殊部隊が拳銃で火力が不足する状況で使用する。対するテロリストやマフィアも火力と隠匿性の高さからしばしば使用する。
それに対して機関銃は、小銃弾を使用する。そのため反動が強く、射手と給弾手の二人が必要である。自動小銃・アサルトライフルのような他の自動火器は両者の中間なので、機関銃と短機関銃の関係は類似ではなく正反対と言える。
発明国のドイツでは Maschinenpistole と呼ばれ、機関短銃、機関拳銃、マシンピストルと訳されている(機関拳銃の項目を参照されたし)。
初期Bergmann MP 18.1米国トンプソン M1 submachine gun
世界で最初に実用化された短機関銃は、第一次世界大戦末期にドイツ軍が開発したMP-18/1である。1918年ドイツ軍最後の大攻勢の際、塹壕戦の膠着状態を打開のために編制された突撃部隊( ⇒Sto?trupp)に配備され、戦果を挙げたといわれる。しかし、結果的にこの大攻勢が失敗に終わったため、軍内部では短機関銃も失敗作という烙印を押され、残ったMP18はすべて警察に払い下げられた。
拳銃弾を使用するフルオートマチックの銃としてはイタリアのビラール・ペロサ(1915)の方がMP-18/1よりも早い。しかしこれは銃の前部に二脚と後部に二個のグリップを持ち、接地して使用することが前提になっていることなど、本格的な機関銃が不足したための代用としての性格が強く、のちの短機関銃的な運用はなされなかった。従って通常短機関銃のカテゴリーには入れられていない。
米国ではスプリングフィールドM1903小銃に、ペダーセンの考案した“ペダーセン・デバイス”を組み込んだ“小銃もどき”な外見をした短機関銃が開発された。この銃は.30口径拳銃弾を使用し、機関部から右斜め上に向かって長い弾倉が突き出ているのが外見的特徴である。弾倉は何発入りだったのか、制式採用となったのか、実戦で使用されたか等については明らかでない。 第一次大戦直後にトンプソンM1921が完成、アメリカ陸軍が制式採用したが、軍縮の影響や制式小銃のM1ガーランドより高価であったことなどから大量配備には至らなかった。短機関銃にもっとも興味を示したのは、禁酒法下で密造酒で利益を上げ武装強化を図るギャング(マフィア)たちと、それを取り締まる警察組織(FBI、連邦国税局など)であった。1930年代のギャング映画では「シカゴ・ピアノ」「シカゴ・タイプライター」「トミーガン」の通称でトンプソンM1928(しかもドラムマガジン付きの)が頻出し、「ギャングの武器」というイメージを印象づけることになった。
第二次世界大戦1942年、カナダの兵器工場でのステン短機関銃。第二次大戦以降の短機関銃は生産性の向上にも重きを置くようになっている
ドイツではヒトラー政権下で再軍備が始まると、戦車に随伴する歩兵の火器として短機関銃が見直され、MP38やその改良型であるMP40が造られた。これらの短機関銃は兵器としての性能もさることながら、レシーバー等を鋼板プレスで生産し、ショルダーストックも金属製とするなどの手法で、従来の削り出しレシーバーや木製ストックに比し、生産性を著しく高めた画期的な小火器であった。MP40の評価が高かったことは、敗戦まで大量生産され総生産数は100万丁に達するほどであったことからもうかがえる。
スペイン内戦に派遣されたドイツ義勇軍のコンドル軍団はMP18の改良型であるMP28短機関銃を使用。その価値は実証され、大戦初期の電撃戦の成功に見られるように短機関銃は大きな戦果を挙げた。この当時の歩兵が通常装備したボルトアクション方式の手動ライフル銃は、連射・速射が利かず、またリーチの短い銃剣に比べ連射可能な短機関銃は近接戦闘における有効性が高かった。