矢野 顕子
基本情報
出生名鈴木 顕子
別名アッコちゃん
出生日・地1955年2月13日(53歳) 日本 東京都
血液型O型
学歴青山学院高等部中退
出身地 日本 青森県青森市
ジャンルJ-POP
エレクトロニカ
職業シンガーソングライター
担当楽器ピアノ
キーボード
活動期間1974年 -
レーベルヤマハミュージックコミュニケーションズ
公式サイト ⇒http://www.akikoyano.com/
表・話・編・歴
矢野 顕子(やの あきこ)、1955年2月13日- )は、日本の女性シンガーソングライター。東京都生まれ、青森県育ち。青山学院高等部中退。
「矢野」の姓はデビュー当時に矢野誠と婚姻関係にあったため、当時の本名を芸名に使い、それが世に知れ渡ったために離婚後も使っている。愛称はアッコちゃん、または矢野さん。
母方の祖父は、ロシア人の父親と日本人との母親との間に生まれた医師で、三陸沖地震や関東大震災の際の医療活動に活躍した[1]。
目次
1 略歴
2 人物
3 ディスコグラフィー
3.1 オリジナルアルバム
3.2 ライブアルバム
3.3 シングル
3.4 サウンドトラック/その他
3.5 ベストアルバム/コンピレーション
3.6 海外盤
3.7 映像作品
4 映画
4.1 出演作
4.2 音楽担当作
5 テレビ番組
6 関連書籍
7 参加作品
8 関連項目・人物
9 脚注
10 外部リンク
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略歴
1955年、東京生まれ。
医師である父の開業にともない、3歳で青森に転居。中学まで青森市で過ごす。青森市浪打の青森明の星高校付属ピアノ教室でピアノを習い始める。
既にこの頃から「その日起きた楽しかったこと」などを、即興のピアノと歌で表現していたとされている。
1971年 - 軽音楽部に憧れて単身上京し青山学院高等部に入学。
高校生の部活動では満足できなくなっていたため、15歳のとき、父親の知人である安部譲二と当時の妻であった遠藤瓔子が経営するジャズクラブ「青山ロブロイ」に初めて訪れ、のちに安部家に下宿しながら夜な夜なセッションを繰り広げた。
これが業界人の間でたちまち噂になり、やがて高校を2年の夏休みに中退してプロの道を選ぶ。
1974年 - バンド「ザリバ」でシングルレコードをリリース。
デビュー当時18歳。レコード会社は矢野にしか興味が無かったので、すぐに解散。
長男の妊娠を機に矢野誠と結婚。当時19歳。
1976年 - デビューアルバム「Japanese Girl」を発表。
デビュー作にして、米国のロックバンドリトル・フィートをバックバンドに迎えてアルバムの片面で渡り合っている。もう一方は、あがた森魚、細野晴臣、鈴木茂、駒沢裕城、ムーンライダーズの面々。