盛世才
不朽の名作から
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盛世才
出生1897年
中国遼寧省開原
死去1970年7月13日

職業政治家
各種表記
簡体字盛世才
繁体字盛世才
ピン音Sh?ng Sh?c?i
和名表記せい せいさい
発音転記
ポータル テンプレート ノート

盛世才(せい・せいさい)は、中華民国期の新疆政治家軍人である。1933年から1944年にかけて新疆を事実上の独立国のように統治した。その独裁的な治世から、「新疆王」とも呼ばれた。は晋庸。
目次

1 略歴

2 「新疆王」になるまで

3 政権初期

4 第一次粛清

5 第二次粛清

6 日本との関係

7 脚注

8 参考文献

9 関連項目

10 外部サイト

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略歴

1897年 - 中国遼寧省開原に生まれる。

1934年 - 1931年以来続いたムスリムによる反乱を鎮圧し、新疆省の実権を握る。

1939年 - 訪ソしてスターリンと会談。ソ連共産党へ入党する。

1941年 - 独ソ戦開戦。この後、盛世才は、ソ連陸軍を撤退させる。

1944年 - 中国国民党政府の農林部長となり、新疆を離れる。

1949年 ? 国民党と共に台湾に逃亡。

1970年 - 台湾で死去。


「新疆王」になるまで

盛世才は、1897年に遼寧省開原に生まれた。1917年に日本の明治大学に留学したが、ヴェルサイユ講和会議での旧ドイツ権益の日本への譲渡や、1918年5月の「日華軍事防敵協定」の締結に憤慨して、中国に帰国。その後、国民政府の軍官学校である雲南講武堂韶州分校に入学した。

その後、奉天軍閥郭松齢の支援により、日本の陸軍大学校に留学。1930年には、新疆省政府からの招きで、新疆に赴き、当地の軍官学校の教官に任命された。

1932年に、ハミのホージャ・ニヤズが反乱を起こし、甘粛回族軍閥(馬家軍)の馬仲英を誘い、馬仲英の部下馬世明とともに省都ウルムチを攻撃したが、盛世才は省政府軍を指揮してこれを2度にわたり撃破した。1933年1月、馬世明がウルムチに再侵攻したが、これも馬仲英に挫かれた。

1933年4月12日に、省政府内で参謀処長の陳中らが東北抗日義勇軍の残部やソビエトから逃亡してきた白系ロシア人部隊と組んでクーデタ(四・十二クーデーター)を起こした。盛世才は静観を決め、軍事力がなかった新疆省政府主席の金樹仁はすぐに負け、ソ連に亡命を追いやられた。この結果、軍事力や威信があった盛世才は新疆省臨時督弁に推挙された。

督弁に推挙された盛世才だったが、臨時政府の他成員とは疑心暗鬼な状態であった。1933年6月、新疆の内乱の平定及びを国民政府への編入のため南京から宣慰使として派遣された黄慕松が盛世才を追い落そうとするのを盛世才が気付き、6月25日、盛世才は四・十二クーデーターの首謀者の陳中らは謀反罪の名目に銃殺し、黄慕松を軟禁した。同年10月、盛世才は同様に東北抗日義勇軍の指導者鄭潤成を銃殺し、同軍を解散させた。

国民政府はこれを追認せざるを得ず、8月1日に盛世才は新疆辺防督弁に正式に任命された。また、、盛世才はソ連軍の支援を得て、ウルムチを脅かしていた馬仲英軍を撃退した。さらに、新疆東部を支配していた東トルキスタン・イスラーム共和国勢力に対して、ソ連を仲介して接触し、共和国大統領ホージャ・ニヤズを省政府側に寝返らせ、共和国を崩壊させた。

1933年12月には、国民政府が任命した省政府主席劉文龍を軟禁して、老人の朱瑞?を政府主席に据えた。1934年3月に朱瑞?が病没すると、国民政府はやむなく盛世才を新疆省政府主席に任命した。盛世才は、省政府の漢人官僚から反対勢力を一掃する一方、ソ連への配慮から、ホージャ・ニヤズを省政府副主席に任命するなど、ソ連の支援を受けていたテュルク系ムスリム勢力との宥和を図った[1]


政権初期

盛世才は、1934年4月12日、「民族平等の実施、信教の自由の保障、農林業の救済、財政の整理、官僚の綱紀粛正、教育の拡充、自治の実施、司法の改革」からなる「八大宣言」を公布、また、1936年には、「反帝、和平、建設、民族平等、清廉、親ソ」からなる「六大政策」を発表するなど、ソ連の支援の下で内政の改革を行う「進歩的」政策を標榜した。

1934年には、タシケントの中央アジア大学への留学生派遣事業が始められ、1935年5月から、ソ連より借款を、6月からはコミンテルンより要員派遣を受けるなど、ソ連からの人的、経済的な支援の下で政権基盤を強化した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki