異言(いげん、ギリシア語:γλ?σσα、英語:glossolalia)はキリスト教をはじめとする宗教行為における自然発声現象。学んだことのない外国語を超自然的に語る現象であると言われている。
目次
1 聖書の見解
1.1 ペンテコステの日の異言
1.2 コルネリオの家における異言
1.3 異言とヨハネの弟子達
1.4 コリントにおける異言
2 初代教会における異言
3 現代の異言
4 参考文献
5 脚注
6 関連項目
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新約聖書では4箇所に異言の明確な言及が登場する。以下の4箇所である。
ペンテコステの日の異言
使徒行伝2章11節-13節にはペンテコステの日の異言の記述がある。弟子達は「他国のことばではなしだした」と記述されている[1] 。他国の「ことば」(glossa)は普通、ことばを話す器官である舌と、話す言葉の両方を意味する。「他」(heterais)は弟子達が自国語ではない国語で話したことを示す。聖書の記述によると、ここで言及されている異言は外国語である。弟子達が、学んだことのない、自国語でない言語を、話したという現象である。 彼らはその話すことばを理解することができ、ことばの混乱を起こしたバベルの塔の物語とは逆に、聖霊は人々が言葉を越えて互いに理解し合うできるようにされた。
使徒行伝10章44節-47節には、ペテロが神の強い促しによって、コルネリオの家に集められた異邦人たちに福音メッセージを語った時に「みことばに耳を傾けていたすべての人に聖霊がお下りになった。」と記述されている。そして、彼らは異言を話した。この異言は外国語であったかどうか明確には言われていない。 しかし、「私たちが主イエス・キリストを信じたとき、神が私たちに下さったのと同じ賜物を彼らにもお授けになった。」(使徒行伝11章17節) との記述から、この異言はペンテコステの異言と同じ性質のものであることが推測できる。
使徒行伝19章1節-7節には、パウロがバプテスマのヨハネの弟子と会った記述が書いてある。パウロがキリストと聖霊について教えた後に、両手を彼らの上に置いた。すると彼らが異言を語ったという記述がある。「聖霊が彼らに臨まれ、彼らは異言を語ったり、預言をしたりした。」(使徒行伝19章6節)この異言が外国語だったとは明確に言われていないが、ペンテコステとコルネリオの家の現象と同じ(Glossa)ということばが使われていることから、同じ現象と思われる。
コリント人への手紙12章1節-14章40節には、コリントの教会において人々が異言を語っていたといことが記述されている。パウロは異言が神の賜物であることを認めて、異言を禁じることを禁止している。この異言もペンテコステの異言と同じ言葉が用いられているので、ペンテコステの外国語を話す現象の可能性が高い。しかし、異言の誤用については指摘している。
異言を語るルールについて聖書は言及している。聖書は異言を語るならば秩序を保ち順番に語り、一人はその解き明かしをするように。また異言を解き明かす者がいなければ、異言を語ってはならないとしている。また、聖書は異言より預言(聖書の言葉)を語ることを勧めている。参考:コリント人への手紙第一14章1?5節、27?28節、39節。 この教えは現在のルールでもある。
初代教会における異言
エイレナイオス(140年-203年)異言と預言の賜物をもつ人の噂を言及している
テルトゥリアヌス(150年-222年)モンタノス派に加わった人物。異教徒マルキオンに対する論駁で異言の賜物を持つ者に対する意見を記している。
ヨハネス・クリュソストモス(347年-407年)彼の時代では異言が過去のものであると明言している。
アウグスティヌス(354年-430年)異言は廃れたと記述している。
ベンジャミン・アーウィンがバプテスト教会からホーリネス教会に移った後、ジョン・ウェスレーの同労者である。J.フレッチャーの書物に触れ、聖霊の火による第三の御業を主張した。この第三の御業には、叫び、すすり、泣き、異言、エクスタシー状態が伴うとされている。 1906年ロサンゼルスのアズサ通りで、C.パークスのもとで訓練を受けた、ウィリアム・シーモアがある家での集会中にエクスタシーに陥り、異言現象が起きた。アズサ通りのメソジスト教会で集会を継続したところこの現象がうわさになり広まった。ロサンゼルスの新聞に掲載され、全米に広がり、ペンテコステ運動に発展した。 ペンテコステ運動は主にメソジスト派の教会の牧師、T.B.バレットによって全世界に伝えられていった。ところがペンテコステ運動はホーリネス陣営から激しい反対をうけた。反対の主な理由は、ペンテコステ教会が第二の潔めに対抗して、第三の潔めである「異言」を唱えた点にある。 ペンテコステ陣営内部でも異言について理解の対立があった。対立の故に、1914年以降ペンテコステ派は二つに分離した。一方はアッセンブリー教団系で、彼らは回心によって潔めは完成しているとし、異言は聖霊の満たしによって起こる現象であると唱えた。もう一方はチャーチ・オブ・ゴッド教団系で、彼らは聖霊のバプテスマである異言を受けることによって、完全な罪から潔めが完成すると唱えた。
参考文献
J.H.ピックフォード、ドナルドW.バーデック共著、村瀬俊夫訳『聖霊のバプテスマ』、ジャパン・コンサバティブ・バプテスト・ミッション、1986年
『宣教ハンドブック』、共立基督研究所、1991年
脚注^ 『新約聖書』(「使徒の働き2章4節」新改訳)
関連項目
ペンテコステ運動