田村 亮(たむら りょう、1972年1月8日 - )は、日本のお笑いタレント。ロンドンブーツ1号2号のツッコミ担当(時々ボケ担当)。吉本興業所属で相方は田村淳。大阪府立芥川高等学校卒業。
目次
1 人物
2 来歴
3 趣味
4 エピソード・その他
5 単独での出演作品
5.1 現在
5.2 過去
6 関連項目
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人物
大阪府高槻市出身。身長172cm。
血液型はA型。しかしO型説もある。
相方・淳と同じ姓だが血縁関係はない。
短い金髪がトレードマーク。ブレイク前は黒い長髪だったが、先輩・加藤浩次の勧めで金髪に。
担当はツッコミだが天然ボケの傾向があるため、逆によく突っ込まれたりイジられたりしている。さらに、淳がドSということもあってかバンジージャンプなどのドッキリの餌食にも度々させられる。
仕切りも苦手で、司会以外の役に頻繁に回っている。
父親は大工(既に他界している模様)。学生時代はそれを継ぐつもりで修業もしていたらしく、『いただきマッスル!』等で能力を度々披露。また淳が鈍足であることも手伝いその他の力仕事も時々任されている。
アゴがしゃくれていることを淳によくネタにされる。
ラジオでは台本を良く噛む。例えばポルノグラフィティの曲「ヴォイス」を紹介する際「ヴァイス」と読むなど。
リズム感や音感がなく、ロンドンブーツ1号2号として二人でレコーディングを行った際、ギターとリードボーカル担当の淳がさっさと録音を終えたのに対し、彼のパートはコーラスだけであったにも関わらずかなり難航したという。
本人はあまり目立ってテレビに出るよりも、あまり出ず一歩引いた所から有名人を眺めていたいらしい。
田中直樹(ココリコ)、藤井隆と仲が良く、三人で海外旅行に行ったこともある。松本人志曰く「やさし?い、デリケートな三人」。特に田中とは独身時代からの付き合い。
高校3年生の頃、よみうりテレビ製作『鶴瓶上岡パペポTV』の収録を欠かさず見に行っていたという。
「吉本男前ランキング」において2000年から3年連続でNo.1に選ばれ、2003年に殿堂入り。しかし、淳とは対照的に独身時代なぜかモテなかったため、彼によく冷やかされていた。ラジオ番組で淳の軽いノリにより、島崎和歌子に手紙で告白させられたことも。
2000年7月12日未明にバイクを運転中、下り坂と間違えて階段に進入、両腕を骨折する事故を起こした。そのため出演予定だったドラマのクランクインを遅らせることに。
2002年1月30日には田村亮としてのデビューシングル『存在』が発売された。作詞・作曲は田村淳。
2003年に、岡山県出身の女性とできちゃった結婚。『ロンドンハーツ』で独占結婚発表会見が行われた(番組の企画であり、実際の記者会見ではない)。 2008年現在、2男児をもうけている。
2006年、淳が出演していた大河ドラマ『功名が辻』にゲスト出演。相方との絡みは無かったが、同じドラマにコンビ揃って出演したことになる。
2007年9月19日放送の「ザ・ベストハウス123」で、マカオタワーから2人同時バンジーのギネス記録を達成したかに思われたが、直後にロケに同伴した後藤喜男プロデューサーにあっさり更新されてしまった(しかし、放送後に視聴者から亮を擁護する抗議が殺到)。
2007年10月には田村亮一座を旗揚げし「噂のホスピタル?太陽のコマチ・エンジェル?」を開催。座員はカリカ、Bコース、黒沢かずこ(森三中)、三瓶、入江慎也(カラテカ)、浜崎陽介(ザ・パンチ)、ノンスモーキン、辻修ほか。
趣味
プロレス・格闘技ファン。自身も柔道の黒帯を持つ。
旧車マニアで愛車は日産・ブルーバード(510型の2ドア)。
海洋生物も非常に好き。番組で企画されたコーナーでグラビアアイドルの袋閉じには見向きもしなかったが、海洋生物の袋閉じには我を忘れて開き中を凝視したほど。