琴似
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琴似(ことに)は、

琴似 - 札幌市西区にある地名。この項目を参照。

琴似町(琴似村) - 1955年まで存在した札幌郡の村。現在の札幌市西区と北区のそれぞれ一部に相当。西区 (札幌市)#歴史を参照。

琴似駅

琴似駅 (JR北海道)

琴似駅 (札幌市営地下鉄)

琴似(ことに/Kotoni)は、札幌市西区のJR北海道琴似駅および札幌市営地下鉄琴似駅の周辺を指す地名。
目次

1 概要

2 地理・地形

3 歴史

4 教育機関

4.1 保育園

4.2 幼稚園

4.3 小学校

4.4 中学校

4.5 高等学校


5 周辺施設

6 交通

7 関連項目

8 外部リンク

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概要

琴似の地名の語源は、アイヌ語の「コッ・ネ・イ」(窪地になっている所)である。1872年(明治4年)、開拓使によって「琴似」と命名された。

旧琴似町に含まれていた琴似周辺地域も、総称として「ことに」と呼ばれるが、近年では歴史的背景も薄れ、居住者も流入が激しく、正確に把握している人は少なくなりつつある。呼称の仕方に関しては、元来「ことに」と「と」の音が強いが、標準語的に「ことに」と初めにアクセントをつける人が増加している。

現在、住居表示の琴似は、琴似1条1丁目から琴似4条7丁目まで存在する。隣接している地区は、北はJR線を境に八軒、東は二十四軒、南は北5条手稲通(旧国道5号線)を境に山の手、西は琴似発寒川を境に発寒、北5条手稲通と琴似発寒川の交差地点の向かい側が旧手稲町である西町(旧手稲東)。尚、地名に残る八軒(はちけん)、二十四軒は入植した戸数に由来する。札幌市西区役所庁舎

JR北海道琴似駅と札幌市営地下鉄琴似駅は直結はしておらず、約800mの距離がある。だが、その間や周辺ではJRと地下鉄両方にアクセスでき、しかも周辺に商業施設やアパート・マンションも豊富な札幌市内では他にあまりない高度な利便性を誇る地域で住居等の人気も高い。両方の駅を結ぶ琴似栄町通に面して、西区役所、消防署、医療機関・病院、商業施設、金融機関、ホテル、マンションなどが林立している商業地域で、札幌市でも有数の繁華街である。各種店舗の数および集中度は札幌市内ではススキノ地区に次いで多い。また小路に入ると、古くからの民家も密集する住宅地でもある。

近年、大規模なマンションがいくつも建設され、またJR琴似駅周辺では再開発によって新しい商業施設が開業するなど、街並みが変化している。大型店・チェーン店の進出が徐々に進む一方で、閉鎖され空きテナントとなっているビルも見られるようになってきた。



地理・地形

昔の琴似川や右股川の扇状地の上に発達した市街地。札幌市中心部が豊平川扇状地の上に築かれているのと同じ。一見平坦な土地に見えるが、実は山側から八軒方面に向かって多少の傾斜がある。JR北海道琴似駅とを結び、商業施設が集中する琴似栄町通(通称は琴似本通り)をJR駅側から見ると建物が水平より高くなっていくのがわかる。この傾斜のせいでJR北海道琴似駅イトーヨーカドー琴似店などは北東側と南西側のそれぞれの出口で一方は道から普通に入れるのに反対側は数段の階段になっていたりする。

北海道の都市に多い碁盤目状都市区画だが、札幌市中心部と違い、琴似地区は東西南北に対して45度程度の傾きのある区画になっている。これは屯田兵村だったころの区画や鉄道線がその方向に走っているためでもあるが、八軒や二十四軒、西野西町など西区の大部分は琴似と同じ区画になっている。琴似地区でも中心部の二条二丁目や三条三丁目?三条六丁目あたりまでは昔の屯田兵村の関係で道が整理されておらず、内部には通り抜けのできない道路や変形した交差点がいくつか見られる。(北海道の市街地にはこうした整理されない区画は珍しい)



歴史

1857年(安政4年)頃から徳川幕府が家来を「作男」として、琴似・発寒地区で開拓させていた。現在の琴似付近を、当時はアイヌ人の先住民が、「コッ・ネ・イ」(窪地になっている所)と呼んでいた。和人はこれを聞いて「コトネ」と言っていた。

1870年(明治2年)北海道開拓使判官の島義勇が札幌の開拓に着手。

1872年北海道開拓使の役人により、「琴似」と定められた。小樽?札幌間の中継拠点となる。

1873年琴似村となり戸数58戸、人口228名。職業は主に農業、運搬業であった。黒田清隆により「屯田兵例則」が制定され、移住計画を策定。一戸あたり土地150坪とし、208戸を造成。

1875年屯田兵が旧館県(北海道松前町)及び、青森、宮城、酒田の三県の士族で「戊辰の役」に出た者を募集する。第一回の移住者は198戸・965名(青森49戸、宮城93戸、酒田8戸、他道内48戸)。5月14日、青森を通斉丸で発ち、16日に小樽に到着。その後、徒歩・馬等で入居。先に入植していた轟清吉らによる食事の用意に感動した。

1876年第2次屯田兵として琴似に3戸が移住。

1877年 琴似小学校の前身となる、官立小学校開校。第一大隊屯田兵が「西南の役」に出征。

1880年4月21日 幌内鉄道(現JR、手宮?札幌間)開業。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki