株式会社琉球新報社
Ryukyu Shimpo Newspaper種類株式会社
市場情報非上場
本社所在地〒〒900-8525
沖縄県那覇市天久905
電話番号098-865-5111
設立明治26年9月15日
業種新聞業
事業内容日刊新聞の発行、広告業
代表者代表取締役社長 高嶺朝一
資本金1億9232万2000円(2005年3月31日現在)
売上高126億1761万6000円(2005年3月期)
総資産120億482万3000円(2005年3月31日現在)
従業員数299人(2005年3月31日現在)
決算期3月
主要株主従業員持株互助会7%、親泊一郎7%、沖縄テレビ放送4.6%、宮里昭也3.9%、大同火災海上保険3%(2005年3月31日現在)
外部リンク ⇒http://ryukyushimpo.jp/
表・話・編・歴
琉球新報(りゅうきゅうしんぽう)は琉球新報社の発行する沖縄県を中心に発行されている日刊新聞である。
目次
1 概要
2 沿革
3 番組表
4 備考
5 所在地
6 支社・支局
7 関連放送事業者・有線テレビジョン放送事業者
8 関連項目
9 外部リンク
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沖縄県で最も古い新聞会社(法人としては別)であり、現在県内では沖縄タイムスと並んで発行部数ではトップのシェアである。
沖縄のマスコミの傾向として、長い占領時代のためかいわゆるリベラル、あるいは左派的な記事が多い事が特徴である。また、後に那覇市長や国会議員となる瀬長亀次郎が社長に就いていた時代もあった。また、「声」欄や論壇などに天皇制廃止論を主張する投稿が掲載されることもよくある。
1969年には労働組合のストライキ(春闘)の影響で約2週間新聞休刊したこともあった。1979年には九州・沖縄地区初のカラー印刷を開始。更に1981年には1面など主要ページを全国主要地方紙として初めて連日カラー化に踏み切った。
2005年3月期の売上構成は新聞購読料が38%、広告料収入37%、その他25%となっている。
マスコットキャラクターはりゅうちゃん。ゆるキャラとして人気があり、グッズも販売されている。琉球新報本社のほか、国際通りの商店などで入手可能である。
沿革
明治26年(1893年)9月15日 沖縄県初の新聞として、隔日刊新聞「琉球新報」が発行される。
明治39年(1906年)日刊紙となる。
昭和15年(1940年)12月20日 政府指導により「琉球新報」は沖縄朝日新聞に沖縄日報と統合をさせらされて、新たな新聞として「沖縄新報」を発行する。
昭和20年(1945年)3月ごろから始まった沖縄戦の真っ只中でも発行を続けた。同年5月25日に首里城が陥落し、新聞発行を続けることが困難になり事実上終刊。同年7月26日沖縄戦終戦によって「ウルマ新報」(のち「うるま新報」と変更される)を発行。
昭和24年(1949年)2月 株式会社琉球新報社を設立。
昭和26年(1951年)9月10日 サンフランシスコ平和条約締結を機に「琉球新報」に改名。再び、琉球新報の名で発行され始める。
1955年3月1日 夕刊が発行され始める。
1961年2月16日 日本新聞協会に入会。
1969年5月20日~ 労働組合のストライキが勃発。5月20日から6月3日まで新聞発行が事実上停止。
1983年9月1日 株式会社琉球新報開発を設立。
1984年3月1日 名護市に北部本社を開設。これにより今まで不可能だった伊江島、宮古諸島、八重山、久米島など離島での夕刊の即日配達を可能にした。
1990年7月1日 同社のスポーツ新聞「新報スポニチ」を発行。
2001年1月3日 正月休みとして1975年以来、同日付け新聞は休刊していたが、当年に25年ぶりに1月3日号発行(沖縄タイムスも同様)。
2005年3月15日 本社を現在の那覇市天久に移転。
2008年11月1日 「日本経済新聞」の委託印刷を開始。全国紙では初めての沖縄現地印刷。
番組表
最終面(地上波テレビ) NHK沖縄放送局教育・総合、沖縄テレビ放送、琉球放送、琉球朝日放送(フルサイズ)、NHK BS1、BS2、WOWOW(アナログ)(ハーフサイズ)、解説欄