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グスク跡(世界遺産)
沖縄県の歴史(おきなわけんのれきし)。沖縄県を中心とした歴史の概略である。
目次
1 琉球と沖縄の名称
2 先史時代
2.1 旧石器時代
2.2 沖縄貝塚文化
3 古琉球
3.1 神話
3.2 グスク時代
3.3 三山時代
4 第一尚氏王統
5 第二尚氏王統
5.1 琉球の黄金時代
5.2 江戸幕府の明通商計画
5.3 薩摩の侵攻
5.4 王国の再建(羽地朝秀・蔡温らの改革)
5.5 中継貿易の衰退
6 明治以降
6.1 琉球処分
6.2 近代化政策
6.3 戦争
7 戦後
7.1 アメリカの統治による琉球政府
7.2 日本の施政下へ
8 現在
9 脚注
10 参考文献
11 関連項目
12 外部リンク
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琉球と沖縄の名称琉球国金丸世主書状(1471年)。島津宛の金丸(尚円王)の書状で、琉球国の表記が見える。
「琉球」の表記は、『隋書』「卷八十一 列傳第四十六 東夷傳 流求國」(7世紀)が初出で、その後「瑠求」(『元書』)などと様々に表記され、「琉球」に落ち着いたのは明時代以降である。明以前の「琉球」が現在の沖縄県周辺を指していたかは判然とせず、台湾を指していたという説や、あるいは単に中国大陸の東方にある(日本以外の)島々を漠然と指していたという説もある。
明との交易が始まった14世紀以降、自国の国号として「琉球」を用い、これが琉球王国が滅亡するまでの名称であった。正式には「琉球國」と言った。
「おきなわ(おきなは、あこなは)」の呼称の由来は定かではないが「おもろさうし」には「おきなわ」という名の高級神女名が確認される。このことは「おきなわ」なる御嶽があったことを示唆している。日本本土側の文献には、鑑真の伝記『唐大和上東征伝』(779年)の中に、「阿児奈波」と出てくるのが初出である。「沖縄」という漢字は本土側からの当て字であるが、これは新井白石の『南島誌』(1719年)が初出で、これは新井が長門本『平家物語』に出てくる「おきなは」に「沖縄」の字を当てて作ったと言われている。琉球処分によって琉球王国が滅亡し、代わりに「県」をおくことになり、日本の領土であることを明確化するため、県名に「沖縄」が正式に採用された[1]。なお、沖縄県民がいう「ウチナー」とはオキナワの転訛であり、本来沖縄本島のことを指すが、県名となったことにより沖縄県民全体を指すようになった。
なお古来中国では沖縄本島を「大琉球」、台湾を「小琉球」と呼称していたため、両者が史書等で混同されることも多かった。琉球 (曖昧さ回避)を参照。
沖縄県には日本のような縄文時代、弥生時代のような区分は行わない。
先史時代は土器出現以前の後期旧石器時代と土器出現後の貝塚時代(縄文時代 - 平安時代)とに分けられる。
沖縄県にいつ頃から人類が現れたのかは明らかになっていないが、現在の南西諸島は、最終氷期にはアジアと陸続きであり、その頃に様々な動物と共に移り住んできたものであろう。県内最古の人骨は那覇市で見つかった山下洞人で、今からおよそ3万2千年前のものだと推測されている。また、1967年に具志頭村(現在の八重瀬町)で発見された港川人骨はおよそ1万8千年前のものとされ、日本で初めて見つかった完全な形に近い旧石器時代人骨として有名である。