株式会社琉球バス交通
種類株式会社
本社所在地〒901-0025
沖縄県豊見城市字豊崎3-20
電話番号098-852-2510
設立2006年9月1日
業種陸運業
事業内容一般乗合旅客自動車運送事業
一般貸切旅客自動車運送事業
代表者琉球バス時代
長濱弘眞(社長・那覇バスターミナル社長兼任)
琉球バス交通時代
玉利幸徳(初代)
合田憲夫(現社長・那覇バス社長兼任)
資本金1,000万円
従業員数654人(2007年3月31日現在)
主要株主第一交通産業(100%)
外部リンク ⇒http://www.ryukyubuskotsu.jp/
特記事項:
営業所数
8ヶ所
乗合部門営業路線数
49路線
観光部門営業路線数
空港リムジン:5路線
車両数(2007年3月31日現在)
乗合部門:293台 観光部門:108台 合計:401台
表・話・編・歴
株式会社琉球バス交通(かぶしきがいしゃりゅうきゅうバスこうつう)は、沖縄県豊見城市に本社を置き、路線バス、観光バス事業を営む会社。沖縄バスとの共同運行路線を多く持つ。
福岡県北九州市に本拠を置く全国ネットの大手タクシー会社である第一交通産業の100%子会社で、沖縄本島の4社の民間乗合バス会社の中では従業員数、運行路線数共に最も多く、バスの車両数も多いため塗装パターンに幾つかの種類がある。沖縄本島全域に運行範囲を持っており、北部支線の全てと那覇?中部・北部路線の多くで沖縄バスとの共同運行を行っている。
目次
1 概要
2 車内放送
3 沿革
3.1 琉球バス以前
3.2 琉球バス
3.3 琉球バス交通
4 営業路線、及び所轄営業所
5 廃止路線、及び所轄営業所
6 バスターミナル及び設置営業所
7 営業所・出張所
8 閉鎖された営業所
9 定期観光
10 車両
11 関連項目
12 外部リンク
//
概要
戦後の沖縄本島のバス路線事業は1950年4月1日に会社を設立した沖縄バスに始まり、50?51年には14社(沖縄バス、共同バス、首里バス、三共バス、沖縄交通(桜)、那覇交通(銀)、合同バス、昭和バス、あらかき平尾バス、協和バス、東陽バス、第一交通、青バス、那覇陸運)が乱立。うち8社の合併や買収などで誕生した昭和バス株式会社と青バス株式会社が合併し1964年7月に琉球バス交通の前身である琉球バス株式会社が発足した。
琉球バスは2005年5月に民事再生法の適用を申請し、事実上経営破綻した。その後、2006年4月に起きた元従業員による退職金問題で自主再建を断念、営業譲渡を決定した。譲渡先として県内の大手タクシー会社である「沖東交通グループ」や、県内バス会社「沖縄バス」、すでに那覇バスを子会社としていた第一交通産業が名乗りを上げた。最終的には、譲渡金の関係により「第一交通産業」に決まり、2006年9月1日より琉球バス交通として営業を開始した。それに伴い、琉球バスは会社清算手続きに入った。
那覇バスのときとは異なり、運転手が確保できたため幾つかの路線の減便で運行を開始することができた。しかし、労働組合解散を行おうとしたことから、琉球バス労働組合が所属する日本私鉄労働組合総連合会(私鉄総連)と会社側との対立が依然続いている。現在、琉球バス労働組合は存在している。
琉球バスは以前に那覇バスの前身の那覇交通と統一しようとしていた。そのころの準備として両社の観光用バスのデザインをほぼ同じにしカラーも同じにしたが、県や関係機関から猛反対され、統一はなされなかった。
前面の琉球バス社章(Rマーク)は第一交通グループ入りを機に第一マークに取り替えられた。但し、上から貼っているだけなので、社章は第一マークの下に残ったままである。
琉球バス交通に移行した後に塗装しなおされた車両については、琉球バスの社章は外され、ペイントにて「第一」と表記されている。
琉球バス時代の塗装の車両では、車内の運転手氏名プレート部分(現在はラミネート加工された社名と車両番号だけになっている)の上部に張られた「琉球バス(株)」は、なぜか残っている。
車内放送
琉球バス交通の停留所案内は、音声合成放送を導入している。那覇バスと同様、中古で導入したクラリオン製の機材を使用している。