玖珂郡(くがぐん)は、山口県の郡である。
人口6,442人、面積10.56km2、人口密度610人/km2。(2008年8月1日、推計人口)
以下の1町を含む。
和木町(わきちょう)
沿革
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、玖珂郡に岩国町・柳井津町と35の村が成立する。(2町35村)
1899年(明治32年)4月1日 - 小瀬川村が小瀬村・和木村に分割。(2町36村)
1903年(明治36年)5月 - 北河内村の一部が高森村に編入。
1904年(明治37年)1月1日 - 渋前村・藤谷村が合併し、坂上村が発足。(2町35村)
1905年(明治38年)1月1日 - 柳井津町・柳井村・古開作村が合併し、柳井町が発足。(2町33村)
1905年(明治38年)4月1日 - 岩国町・横山村が合併し、岩国町が発足。(2町32村)
1911年(明治44年)7月1日 - 河波村の一部が本郷村に編入。残部は河山村に改称。
1916年(大正5年)6月1日 - 藤河村から御庄村が分立。(2町33村)
1924年(大正13年)8月1日(4町31村)
玖珂村が町制施行し玖珂町となる。
高森村が町制施行し高森町となる。
1926年(大正15年)2月11日 - 由宇村が町制施行し由宇町となる。(5町30村)
1928年(昭和3年)4月29日 - 麻里布村が町制施行し麻里布町となる。(6町29村)
1940年(昭和15年)4月1日 - 岩国町・麻里布町・川下村・愛宕村・灘村が合併し、岩国市が発足、郡より離脱。(4町26村)
1940年(昭和15年)11月3日 - 広瀬村が町制施行し広瀬町となる。(5町25村)
1954年(昭和29年)3月31日 - 柳井町・新庄村・余田村・日積村・伊陸村が合併し、柳井市が発足、郡より離脱。(4町21村)
1955年(昭和30年)4月1日(5町6村)
小瀬村・藤河村・御庄村・北河内村・南河内村・師木野村・通津村が岩国市に編入。
高森町・祖生村・米川村・川越村が合併し、周東町が発足。
秋中村・賀見畑村が合併し、美和町が発足。
広瀬町・深須村・高根村が合併し、錦町が発足。
鳴門村、神代村の一部が合併し、大畠村が発足。神代村の残部は由宇町に編入。
1955年(昭和30年)7月20日 - 河山村・桑根村が合併し、美川村が発足。(5町5村)
1956年(昭和31年)9月30日 - 美和町・坂上村が合併し、美和町が発足。(5町4村)
1959年(昭和34年)4月1日 - 美川村が町制施行し美川町となる。(6町3村)
1971年(昭和46年)4月1日 - 大畠村が町制施行し大畠町となる。(7町2村)
1973年(昭和48年)4月1日 - 和木村が町制施行し和木町となる。(8町1村)
2005年(平成17年)2月21日 - 大畠町が柳井市と合併し、柳井市が発足、郡より離脱。(7町1村)
2006年(平成18年)3月20日 - 由宇町・玖珂町・周東町・錦町・美川町・美和町・本郷村が岩国市と合併し、新岩国市が発足、郡より離脱。(1町)
町村制施行の直前、玖珂郡には2の町と121の村、それらを管轄する36の戸長役場がおかれていた。町村制施行に際して、いわゆる「明治の大合併」により、2町35村に再編されたが、概ねこの戸長役場単位で合併が行われた。
その際、
六呂師村 + 叶木村 + 柱野村 = 師木野村
阿賀村 + 生見村 + 下畑村 = 賀見畑村
三瀬川村 + 獺越村 = 川越村
等の要領で新地名が編み出されたものがある。これらの明治の新地名は、昭和の大合併によって再び消滅したが、公共施設の支所や郵便局の名称として残っている場合がある。
表・話・編・歴山口県の自治体
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阿武郡阿武町 | 阿東町
カテゴリ: 山口県の郡
更新日時:2008年1月26日(土)13:01
取得日時:2008/10/07 21:29