王公族(おうこうぞく)とは、1910年の韓国併合以降、旧大韓帝国皇族(李王家とその一族)に与えられた身分である。待遇は日本の皇族に準じるものとされたが、皇位継承と摂政および皇族会議出席の資格は有しなかった。
純宗皇帝とその家族を及び高宗前皇帝を「王族」とし、高宗前皇帝ないしそれ以前よりの大韓帝国皇族の傍系を「公族」と称した。本記事は「王公族制度」について記述されているので、「李王家・李公家」については「李王家」参照。
目次
1 沿革
2 王公族の特権
3 王公族の分類
4 制度
5 外部リンク
//
日韓併合条約第3条は「日本国皇帝陛下ハ韓国皇帝陛下太皇帝陛下皇太子殿下並其ノ后妃及後裔ヲシテ各其ノ地位ニ応シ相当ナル尊称威厳及名誉ヲ享有セシメ且之ヲ保持スルニ十分ナル歳費ヲ供給スヘキコトヲ約ス」としていることから、王公族の制度が設けられた。
純宗皇帝を「昌徳宮李王?(しょうとくきゅうりおうせき)」と称し、皇太子李垠を「王世子」とした。また、高宗前皇帝を「徳寿宮李太王熈(とくじゅきゅうりたいおうき)」と称した。李王?の薨去により、王世子の李垠が李王家を承継して「昌徳宮李王垠(しょうとくきゅうりおうぎん)」となった。
ポツダム宣言受諾によって日本が朝鮮半島における実効支配を喪失したこと、及び皇族以外の貴族身分を認めない日本国憲法の施行により、1947年に廃止された。
王公家軌範(大正15年皇族令17号)等により、ほぼ皇族と同等の各種の特権が認められる。
皇族女子と婚姻する特権(王公家軌範第39条・同大正7年増補)皇族女子の婚嫁は皇族、勅旨により特に認許された華族以外では、王公族に限られていた。この特権により李王垠は梨本宮方子女王と婚姻した。
敬称を受ける特権(王公家軌範第19条)皇族と同様に殿下の敬称を受ける。
朝鮮貴族に列せられる特権(王公家軌範第20条)王公族の子にして王公族に非ざる者(庶子)が一家を創立する場合に於いては勅旨に依り朝鮮貴族に列せしむることがあった。
朝見の特権(王公家軌範第12条・第39条)王系又は公系を襲きたる者は妃と共に天皇・太皇太后・皇太后・皇后に朝見する。王・太王・王世子・王世孫・公は成年に達したときは天皇・皇后・太皇太后・皇太后に朝見する。
司法上の特権(王公家軌範第28条ないし第30条)皇室裁判令の規定が準用される。民事訴訟の管轄について特則がある。勅許なくして勾引・召喚されない。
就学上の特権(王公家軌範第37条)就学について皇族就学令が準用され、学習院・女子学習院に就学する特権を有する。
班位の特権(王公家軌範第40条)皇族に次ぎ、華族の上位の班位を有する。
受勲の特権(王公家軌範第51条ないし第58条)王は満15年に達した後大勲位に叙せられ菊花大綬章を賜う(皇族の親王に同じ)。王妃は結婚の礼を行う当日勲一等に叙せられ宝冠章を賜う(皇族の親王妃に同じ)。王世子・王世孫・公は満15年に達した後勲一等に叙せられ旭日桐花大綬章を賜う(皇族の王に同じ)。王世子妃・王世孫妃・公妃は結婚の礼を行う当日勲二等に叙せられ宝冠章を賜う(皇族の王妃に同じ)。
任官の特権(王公家軌範第59条)王・王世子・王世孫・公は満18年に達した後特別の事由ある場合を除くの外陸軍又は海軍の武官に任ぜられる。
王公族は次のように分類される。
王 - 李家の当主。純宗・李垠のみ。
王妃 - 王の妃。
太王 - 王が隠居したとき。高宗のみ。
太王妃 - 太王の妃。
王世子 - 王の世嗣たる子。
王世子妃 - 王世子の妃。
王世孫 - 王の世嗣たる孫。
王世孫妃 - 王世孫の妃。
公 - 高宗前皇帝ないしそれ以前よりの大韓帝国皇族の傍系。
公妃 - 公の妃。
班位もこの順序である(王公家軌範第40条)。
王公族の家務を掌るために、宮内大臣の管理に属する李王職が設けられた。
王公族付武官には主として旧韓国軍人たる朝鮮軍人が充てられた。また、李王家と王宮警護のために朝鮮歩兵隊・朝鮮騎兵隊が置かれたが、1913年に朝鮮騎兵隊、1930年に朝鮮歩兵隊も廃止となる。これらの部隊は朝鮮人のみによって構成されるもので、李王家の実質的な近衛兵であった。
外部リンク
⇒中野文庫・王公族
などして下さる協力者を求めています(P:歴史/P:歴史学/PJ歴史)。
カテゴリ: 歴史関連のスタブ項目 | 日本統治時代の朝鮮 | 日本の王公族 | 称号 | 日本の皇室 | 全州李氏
更新日時:2008年8月19日(火)17:51
取得日時:2008/09/02 11:42