献公(けんこう、? - 紀元前651年)は中国春秋時代の晋の君主(在位:紀元前676年 - 紀元前651年)。姓は姫、諱は詭諸。武公の子。
太子として、父・武公の晋再統一戦で活躍し、後を継いでからは、?や魏などの周辺諸国を併呑し、士?の献策のもと、桓・荘の族を滅ぼして宗家の権威を確立させる等して、晋を隆盛させるが、晩年は愛妾・驪姫の讒言を信じ、太子申生(共太子)を殺し、公子重耳(のちの文公)、公子夷吾(のちの恵公)などを遠ざけたために、晋は大きく混乱した。
これを驪姫の乱と呼び、これ以後晋は太子以外の公子を国外に出す伝統を守り、このため公族の力が非常に弱くなっていった。
先代:
武公晋の君主
第19代:前676年 - 前651年次代:
恵公
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カテゴリ: 中国の歴史関連のスタブ項目 | 晋の君主 | 紀元前651年没
更新日時:2008年8月12日(火)18:02
取得日時:2008/09/24 09:20