衆議院議員 猪口 邦子
生年月日1952年5月3日(56歳)
出生地千葉県市川市
出身校イェール大学大学院
学位・資格Ph.D.
前職大学教授
所属委員会
内閣役職外務委員会
世襲無
選出選挙区比例東京ブロック
当選回数1回
所属党派自由民主党(無派閥)
党役職幹事長補佐
国際局局長代理
会館部屋番号
⇒猪口邦子ウェブサイト
猪口邦子(いのぐち くにこ、1952年5月3日 - )は、日本の政治家。衆議院議員(1期)。日本学術会議委員。元日本平和学会理事。
特命担当大臣、上智大学教授を歴任。
目次
1 経歴
2 所属議員連盟
3 略歴
3.1 学歴
3.2 職歴
4 家族
5 文献
5.1 単著
5.2 共著
5.3 編著
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク
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千葉県市川市生まれ。ブラジルサンパウロ日本人学校→アメリカンスクール卒→私立桜蔭中学校卒→アメリカ・マサチューセッツ州コンコードアカデミー高校( ⇒Concord Academy)卒。上智大学では武者小路公秀、イェール大学ではブルース・ラセットの下で学ぶ。
1990年より2002年上智大学法学部教授。2002年より2004年軍縮会議日本政府代表部特命全権大使。その後、上智大学法学部教授に復帰。専門は国際政治学、安全保障。
防衛問題懇談会委員(1994年-1996年)を務めるなど、日本の安全保障政策に強い発言力を持ち、行政改革会議委員(1996年-1998年)として防衛庁の省格上げに強硬に反対するなど、防衛庁・自衛隊の存在に対しては武者小路公秀と同じく否定的なスタンスに立つ[1]。軍縮外交の他、「ジェンダー・イコーリティー(社会的文化的に形成された男女性別の平等)」推進にも熱心であり、衆議院議員当選後の日本外国特派員協会記者会見で「ジェンダーバッシングを許しません!」と宣言した[2]。また開発論では子どもを中心とした開発を提唱するなど活動は幅広い。
1980年代から積極的に言論活動を行い、論壇誌への寄稿やテレビ出演で新進気鋭の女性学者として注目を集める。しかしながら、西尾幹二が「当節言論人の『自己不在』」として批判を加えるなどした。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙に際し、自由民主党総裁の小泉純一郎から衆院選出馬を要請され、自由民主党の比例区女性枠候補として東京ブロックより名簿順位単独1位で出馬し初当選。その後、2005年10月31日に第3次小泉改造内閣に内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画)として初入閣。出馬を決定し、当選した後も上智大学教授の職を休職を含めて続けており、職を辞するまで、初入閣した組閣の日を始め、当選以降の大学の授業のほぼ全てを個人の事情として休講とした。
2005年末の男女共同参画基本計画の改定及び犯罪被害者等基本計画の閣議決定、2006年の食育推進基本計画や新しい少子化対策の策定を担当。「少子化を解消するために国がお見合いコンパを主催すべきだ。」と発言し物議をかもした。
2006年9月26日に第3次小泉改造内閣の総辞職に伴い、国務大臣を辞任。
現在の役職は、自由民主党幹事長補佐、国際局局長代理。
2007年自由民主党総裁選挙では片山さつきと一緒に小泉を総裁候補にするため署名活動を行うが、本人に立候補の意思が無いため断念。その後は、小泉が過去に会長務めた清和研の福田康夫の支持を表明した。
所属議員連盟
北京オリンピックを支援する議員の会