物真似(ものまね)とは、人間や動物の声や仕草、様々な音、様々な様子や状態を真似する事。及び、演芸の形態の一つ。ものまねタレントについては、ものまねタレント一覧を参照のこと。
目次
1 古代における物真似
2 古典的な物真似
3 声帯模写
4 外国語の物真似
5 テレビにおける物真似芸
5.1 風潮の変化
5.2 物真似の物真似
5.3 ものまね番組に対する批判
6 物真似のエンターテインメント化
7 外部リンク
8 関連項目
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人間がまだ国家や社会や文明を形成する前に、更には説話や民話、神話を語るより遥か前に、人間が空を飛ぶ鳥や大地を駆ける獣の鳴き声等を真似する事はあったと考えられる。つまり、様々な物の音や状態を真似するという行為は、人類で最も古い演芸、芸能とも考えられる。
人や物の音声を真似る芸を、元来は声色遣い(こわいろづかい)と言った。声色は基本的に歌舞伎役者の舞台上の姿をまねるものであり、現在のように有名人ならばだれでもかれでもをまねたものではない(そもそもメディアが未発達な時代には、多くの人々が共通して認識していて物真似の題材となり得る存在は、唯一舞台役者だけだった)。
江戸後期から戦前まで、声色は脈々として受継がれ、寄席演芸の重要な演目であると同時に、銅鑼などの相方を用いた遊里の門付芸、お座敷遊びでの幇間芸としても愛されたが、単なる「声帯模写」や「ものまね」が登場したのちは徐々に下火になっていってしまった。片岡鶴太郎の師匠である片岡鶴八、屏風芸でも知られた「最後の幇間」悠玄亭玉介、「声のスタイルブック」と題してモダンな語り口で演じた桜井長一郎、齢80を越えて今なお現役の「最後の名人」白山雅一が声色の名人として知られている。
以上のように人間を真似する芸のほかに、江戸時代から動物の鳴きまねという分野もあり、これは日本独自のものまねである。寄席演芸の一種で、猫や犬のような動物をはじめとして、虫の声、さまざまな鳥など、いずれも真に迫って洗練された至芸と称するに足る。太平洋戦争後の芸人としては、先代江戸家猫八(得意芸はネコ、ウグイス)、アダチ龍光(得意芸はおんどり)らが有名。
昭和になり、声色を古川緑波が「声帯模写」とモダンに命名して再流行させた。これは人の仕種や物の動作などを真似ることを意味する寄席芸の「形態模写」のもじりである。
1950年代までのラジオ時代には、ラジオで題材となる有名人の声に接することが出来たこと、娯楽の中心がラジオの音声であったことで声帯模写は人気のある芸であったが、今ではかなり年配の層にしか通じず、「形態模写」ともどもほとんど死語となった。現在はそれぞれ「声マネ」「顔マネ」などと呼ばれるのが専らのようである。
古くは役者や映画俳優の真似が多かったが、後には政治家の真似(吉田茂・田中角栄・大平正芳・福田赳夫など)が多く題材になった。その政治家も個性的なキャラクター自体が減ったこと、声色自体がテレビ時代になるとビジュアル面の派手さを欠く地味な芸ということもあって、衰退した。
また'70年代後半に登場してきたタモリが、単に表面的な声色や有名な発言をまねるのではなく、その人物(作家や文化人)の思考や思想のパターンから推察して「こういうことを言いそう」な話を繰り広げるという、新しいタイプのものまね芸を披露したのも衝撃的だった。タモリの話芸(思想物真似)により、旧来の声帯模写はますます衰退する方向になったと言える。
外国語っぽく聞こえるデタラメをやって見せるという芸がある。インチキ外国語の元祖と言われる藤村有弘をはじめ、タモリなどもやっているが、清水ミチコはイタリア語を関西弁で表現するという芸をもっていた。嘉門達夫は『シャンソン』という曲で、まごうことない日本語の単語だけで、フランス語っぽく聞かせている。チャップリンは『モダンタイムス』でフランス語のように聞こえるがどこの国の言葉でもない“ティティーナ”を歌った。また『独裁者』でヒトラーの演説のパロディをやはりデタラメなドイツ語風言語でやっている。このほか戦前の来日時にはインチキ日本語を披露したとの記録もある。なお、チャップリンの場合、無声映画が音声を持たなかったことが、逆に言葉の壁を越えられたとの認識から、トーキーが言葉の壁を作ると考え、それを打破すべくインチキ外国語を使ったとも言われる。
トニー谷は英語と日本語をごちゃまぜにして「レディース エン ジェントルメン アンド オトッツァン アンドおっかさんの皆さん」とやって大いに受けた(トニングリッシュ)。