牛頭天王
出会い最短記録!!
B分で即アポHも可

[Wikipedia|▼Menu]


仏教
基本教義
縁起 四諦 八正道
三法印 四法印
諸行無常 諸法無我
涅槃寂静 一切皆苦
人物
釈迦 十大弟子 龍樹
如来・菩薩
仏の一覧
部派・宗派
原始仏教 上座部 大乗
地域別仏教
インドの仏教 中国の仏教
韓国の仏教 日本の仏教
経典
聖地
八大聖地
ウィキポータル 仏教

牛頭天王(ごずてんのう ゴーシールシャ[要検証] go??r?a)



目次

1 起源

2 備後国風土記の蘇民将来説話

3 中世

4 近世?近代

5 蘇民将来子孫之門

5.1 蘇民将来説話の典型的な一例


6 関連項目

7 外部リンク

//


起源

  この記事や節の内容の信頼性について検証が求められています。確認のための文献や情報源をご存じの方はご提示ください。

牛頭天王の起源としては以下の説がある。

ゴーマ・グリーヴァャ・デーバラージャ(漢音訳:瞿摩掲?婆耶提婆?惹)「望月仏教大辞典」より。・・・ゴーマヤとは中村元氏によれば、牛糞とされるので、ここでは牛であろうか。ただ、これはどうにも漢字の「牛頭天王」から逆に梵訳した感が否めない。


ギャバ・グリーヴァGavagriva ・・・ 典拠は不明。和訳すると牛頭となる模様。これも上記と同じパターンであろうか。


ゴーシールシャgo??r?a ・・・新羅の牛頭山を逆に訳すとこうなる模様。


ゴーズ ・・・祇園精舎の守護神なのだそうである。これが古来、辞典・解説で定説のように語られるものなのだそうだが、そもそもこの名が一体どこから出てきたのか明記しないため、信憑性は甚だ低いものといえる。



備後国風土記の蘇民将来説話

釈日本紀』に引用された『備後国風土記逸文に「武塔神」と「蘇民将来」兄弟の話が出てくる。親切に迎え入れた兄の「蘇民将来」に対しては疫病を免れしめたというがこれは「蘇民将来」説話の最古の例であり、この段階ではまだ「蘇民将来」説話と牛頭天王は結びついていなかった。


中世

後に牛頭天王は疫病の神であるところから「蘇民将来」説話と混淆し、牛頭天王は武塔神と同一視されたり父子関係とされたりするようになる。また日本の神素盞鳴尊と習合した。その結果、さまざまな説話のバリエーションがあるが、一例では牛頭天王は武答天皇の太子として登場し、牛頭天皇とも表記され、八大竜王の一、沙竭羅竜王の女を妃として8人の王子を生んだという。その姿は、頭に牛の角を持ち、夜叉のようであるが形見かけは人間に似ていると考えられた。

平安時代都市部で信仰されるようになり、祇園御霊会祇園祭)において祀られるようになったとされる。京都祇園の八坂神社に祀られ除疫神として尊崇された。

仏教では、東方・浄瑠璃世界の薬師如来垂迹ともされる。またスサノオと習合したことから、新羅の牛頭山に関係する神ともいわれる。

牛頭天王・スサノオに対する神仏習合の信仰を祇園信仰といい、中世までには日本全国に広まった。


近世?近代

広峯神社八坂神社津島神社氷川神社およびその分社で祀られていた。単に天王といえば、牛頭天王をさすことが多い。明治の神仏分離でこれらはスサノオを祀る神社となった。ただし、天王神社など牛頭天王を祭神とする神社は今でも全国各地に点在している。

天王洲アイルの「天王洲」など、各地にある「天王」のつく地名の多くは牛頭天王に因むものである。


蘇民将来子孫之門


蘇民将来説話の典型的な一例

昔、牛頭天王が老人に身をやつしてお忍びで旅に出た時、とある村に宿を求めた。このとき弟の巨丹将来は裕福なのに冷淡にあしらい、兄の蘇民将来は貧しいのにやさしく迎え入れてもてなした。そこで牛頭天王は正体を明かし、「近々この村に死の病が流行るがお前の一族は助ける」とのたまった。果たせるかな死の病が流行ったとき、巨丹の一族は全部死んでしまったのに、蘇民の一族は助かったという。

現在でも八坂神社などでは赤い地の紙に金色の文字で「蘇民将来子孫之門」という札を配布しているが、その由来はこの故事を基にしている。


不朽の名作から
ケータイ小説(笑)まで

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:11 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen