牛肉(ぎゅうにく)とは、ウシの肉。 ビーフ(英:Beef)ともいう。
目次
1 概要
2 日本の「和牛」と「国産牛」
3 日本における牛肉の履歴表示について
4 地域による好みの違い
5 部位
5.1 肉
5.2 内臓
6 牛肉と栄養価
7 料理
8 ブランド牛肉
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク
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概要食肉(カトマンズの露天に並ぶ牛肉)
食用に処理されたウシの肉をいう。肉牛品種(黒毛和牛など)の肉が多いが、廃乳牛や去勢し肥育した乳牛の肉も売られている。
ウシは、ほぼすべての部位の肉を食べることが可能とされている(ただし近年では、健康なウシの場合は問題がないものの、一部に狂牛病問題にからんで食用としがたい危険部位が存在する)。ステーキなどでは、蛋白質が熱で変質しきらない内に食べるレアやミディアムという焼き加減も存在する。日本では刺身として食べる場合もある。ただし、牛は人間を終宿主とする寄生虫の一種である無鉤条虫の中間宿主であり、幼虫(無鉤嚢虫)は主に牛の筋肉に寄生している。そのため牛肉を生ないし生に近い状態で食べることは、寄生虫感染のリスクを伴う。一般的に、60℃以上に加熱または-10℃以下で10日以上冷凍した肉は安全とされる。
西洋料理のタルタルステーキやカルパッチョなど、一部の食文化では牛肉に薬味を添えて生食する習慣もある。この薬味によって寄生虫や食中りのリスクを軽減させているといわれるが根拠はない。強いていえば薄く切る、また叩くことで寄生虫のリスクを減らす可能性は否定しない。また牛肉のステーキの焼き加減として、生に近いレアやブルーを好む人も多い。
牛肉は冷凍保存に向き、冷凍庫で凍結させることで家庭用冷蔵庫(2ドア)なら半年、業務用冷凍庫なら1年は持つとされている。これは組織がしっかりしているためとされているが、一般に鶏肉や豚肉を得る上での肥育期間が牛肉を得る上での肥育期間に比べて短いため、それらの肉は筋繊維の構造が急激な肥育でほぐれやすくなっている点に関連付けられている。解凍の際は常温や冷蔵庫内でゆっくり解凍するか、電子レンジの解凍モードを利用する。
なおヒンドゥー教では、ウシは神聖な動物であるとされ、牛肉の食用を禁じている。そのためだいたいビンドゥー教の信仰される地域内では、ウシは農耕と牛乳生産に利用されこそすれ、食用として肥育されていない。
日本では645年に牛馬を生贄(いけにえ)にした例(『日本書紀』皇極天皇元年)などもある。また天武天皇5年(675年)4月17日 (旧暦)のいわゆる肉食禁止令(『日本書紀』)で、4月1日 (旧暦)から9月30日までの間、稚魚の保護と五畜(ウシ・ウマ・イヌ・ニホンザル・ニワトリ)の肉食を禁止されていた。戦国時代にはキリスト教イエズス会の宣教師、キリシタン大名をはじめ松永貞徳著『慰草』(慶安5年)によると京都などでもひろくワカ(ポルトガル語Vaca)として牛が食べられていた。豊臣秀吉は小田原攻めの時、高山右近、蒲生氏郷、細川忠興とともに牛をたべている。江戸時代の元禄3年(1690年)彦根藩は「牛肉味噌漬」を「薬喰い」として作り売っていた。健康増進や病人の養生(健康回復)のために食用されていたが、食用家畜として飼育されている牛はほとんどなかったことから、極めて高価な「薬」であったらしい。井伊家は毎年徳川将軍家と徳川御三家(名古屋、和歌山、水戸)に「牛肉味噌漬」などを献上していた。また、同時代には牛肉の栄養に着目、寒い時期に乾肉を生産していた。江戸ではももんじ屋などで食べるようになった。 ⇒[1]
本格的に牛肉が食べられ始めたのは、明治の文明開化の1872年(明治5年)1月24日、明治天皇が牛肉を食べたといわれている、牛なべ屋(すき焼き)が流行した。
この日本での牛肉事情であるが、国産牛肉が一頭ずつ大切に肥育する飼育方法が長らく取られていたため、従来は豚肉よりも高価な肉とされていた。しかし1991年4月からの牛肉の輸入自由化によって日本国外から安価な牛肉が入ってくるようになったため、家庭の食卓に頻繁に上るようにもなっている。日本各地の豚肉消費量は一定であるが、関西地方は牛肉の一世帯当りの購入額が多く、その分「魚」が少ない。なお、関西では、「肉」といえば牛肉の事を指す。ちなみに、牛肉の消費量が最も多いのは和歌山市である。
フランスをはじめ欧米では成牛肉(フランス語:ブッフ Boeuf )と子牛肉(フランス語:ヴォー veau )は異なる流通ルートであり、料理への利用も区別されるのが一般的である。