片倉工業
近所セレブを即検索
永久無料セレブマップ

[Wikipedia|▼Menu]

片倉工業株式会社
Katakura Industries Co., Ltd.種類株式会社
市場情報

東証1部3001
大証1部3001

本社所在地〒104-8312
東京都中央区京橋3-1-2
電話番号03-3281-3161
設立1920年(大正9年)3月23日
業種繊維製品
事業内容

医薬品製造販売、ショッピングセンター等の不動産運営・賃貸、自動車部品等の機械製造販売、繊維製品の製造販売
代表者代表取締役社長 岩本謙三
資本金18億円(2007年12月31日現在)
売上高単体210億5,800万円、連結497億3,100万円(2007年12月期)
総資産単体470億1,700万円、連結1,129億5,000万円(2007年12月31日現在)
従業員数単体432人、連結1,451人(2007年6月30日現在)
決算期12月
主要株主三井物産12.88%、損害保険ジャパン6.01%、みずほコーポレート銀行4.80%、農林中金4.80%、大成建設3.98%(2007年6月30日現在)
主要子会社関係会社の項を参照
外部リンク ⇒http://www.katakura.co.jp/
 ・編・歴 

片倉工業株式会社(かたくらこうぎょう)は、東京都中央区京橋に本社を置くショッピングセンター等の不動産運営・賃貸自動車部品等の機械製造販売、繊維製品の製造販売を行う企業である。
目次

1 概要

2 沿革

3 事業所・工場等

3.1 ホテル・ショッピングセンター

3.2 工場等


4 関係会社

4.1 連結子会社


5 脚注

6 外部リンク

//


概要

この節には予定される事象を扱っている文章が含まれています。性急な編集をせず事実を確認の上投稿してください。

明治期から大正期にかけての日本の主力輸出品であった絹糸の製造を行い、片倉財閥を構築した老舗企業である。かつて操業していた富岡工場(富岡製糸場)は日本の工業近代化の貴重な遺産として地元の富岡市に寄贈された。

2006年現在は伝統事業である蚕糸事業からは撤退し、不動産資産を活かしたショッピングセンター運営・不動産賃貸事業・小売事業の他、第二次世界大戦後に進出した自動車用部品製造、繊維製品の販売などを行っている。また肌着の「キヤロン」の発売元としても、その名を知られている。

また、連結決算においては子会社のトーアエイヨーを介して製造販売する医薬品が主力となっており、蚕由来のビタミンB2製剤の技術に強みを持つ。

その他、農業用機械、産業用機械の製造子会社や消防車製造子会社も持つ。

2007年12月期の連結売上構成は医薬品事業37.1%、サービス事業26.4%、機械関連事業19.4%、繊維事業16.1%となっている。

京橋の本社ビルは1922年に建築され、近くの明治屋ビルとともに歴史ある建物であるが、2008年に老朽化のため建替えを検討していることが発表された[1]。これに伴い、本社を銀座一丁目に移転する予定[2]


沿革

1873年(明治6年) 長野県諏訪郡川岸村(現在の岡谷市川岸)で片倉市助が10人取りの座繰り製糸を開始。

1878年(明治11年)6月 片倉兼太郎が川岸村に垣外(かいと)製糸場を開設。32人繰りの洋式器械を備えた工場であった。

1895年(明治28年) 片倉組を設立。

1914年(大正3年)10月 蚕種の改良普及を目的とした合資会社大日本一代交配蚕種普及団を設立。

1919年(大正8年)4月 朝鮮大邱府に製糸工場を開設。

1920年(大正9年)3月 片倉組を継承する組織として片倉製糸紡績株式会社を設立(片倉工業の創立日)

1930年(昭和5年)7月 蚕品種の改良・育成研究を目的として研究開発部蚕業試験所(現在の生物科学研究所)を開設。

1939年(昭和14年)9月 旧官営富岡製糸場(株式会社富岡製糸所)を合併。

1943年(昭和18年)11月 片倉工業株式会社に改称。

1945年(昭和20年)5月 白石製糸所(現在の白石片倉ショッピングセンター)を開設。

1946年(昭和21年)11月 機械製作事業に進出。

1946年(昭和21年)12月 財閥解体第2次指定において解体対象となる[3]


★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:15 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen