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爆笑問題(ばくしょうもんだい)は、日本のお笑いコンビ。所属事務所はタイタン。略称は爆笑・爆問など。
目次
1 メンバー
2 芸歴
3 エピソード
3.1 個人的な事柄
3.2 芸能活動・ネタ
3.2.1 番組等出演関連
3.3 著名人関連
3.3.1 タモリ
3.3.2 ビートたけし
3.3.3 明石家さんま
3.3.4 渡辺正行
4 現在の出演番組
4.1 レギュラー番組
4.2 ラジオ
5 過去に出演した番組
5.1 レギュラー番組
5.2 特番・単発
5.3 ラジオ
6 CM
6.1 現在放送中のCM
6.2 過去の出演CM
7 テレビ・ラジオ以外の活動
7.1 雑誌連載
7.2 出版
7.3 映画
7.4 CD
7.5 ビデオ・DVD
7.6 ゲーム
8 関連項目
9 爆笑問題ファミリー
10 その他主な友人
11 外部リンク
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メンバー
太田光(ボケ担当、サブリーダー)
田中裕二(ツッコミ担当、名目上のリーダー)
芸歴
日本大学藝術学部在学中に出会い、中退後の1988年結成。ライブハウス『ラ・ママ』でデビュー。その場で太田プロにスカウトされる。ホンジャマカ、浅草キッド等と共に「お笑い第三世代と第四世代の狭間の世代の代表」と言われる。
1988年、『笑いの殿堂』でテレビデビュー。以降順調にレギュラーを増やし、若手芸人のホープとなる。
ショートコント全盛の時代に、「生徒指導室」「東京の不動産屋」などの作り込まれたコントで注目を集めるが、次第に漫才を主体とするようになる。太田の毒に満ちたボケと田中のストレートなツッコミという正統的漫才で人気を集めた。
1990年、太田プロから独立。しかし、この独立は一方的に辞める形だった為、太田プロの怒りを買うことになり、一時的に仕事がなくなりテレビからも姿を消す。いわゆる“干された”状態だった。
辞めた理由は、自分達のやりたい仕事がしたかったから、人気者となった2人を当時の担当マネージャーが唆した、など諸説あるが、このことについて自ら話したりネタにすることはなく、周りもその話題に触れることはない(ただしさんま、たけしが共演の際マネージャーとの話について触れていることから実際は後者が原因であると考えられる)。
この時期は、田中は主にコンビニのアルバイトで、太田は妻・太田光代のパチンコやパチスロでの稼ぎで生計を立てていた。太田は暗算が非常に苦手で、レジのバイトをすると客から苦情を言われないようにと釣銭を多く渡す等まともにアルバイトが出来なかった。一方田中はこのまま社員にならないかと声をかけられるほどの仕事ぶりであった。
しかし3年間全く仕事がなかった訳ではなく、オムニバスドラマ番組『悪いこと』では脚本(太田)・出演(太田、田中)、オムニバス映画バカヤロー!4(森田芳光プロデュース)の中の一本では監督(太田)を務めた。