中華人民共和国 遼寧省 瀋陽市
瀋陽故宮
簡称:瀋
遼寧省中の瀋陽市の位置
中心座標 ⇒41°47′44″N, 123°26′53″E
国家中華人民共和国
省遼寧
行政級別副省級市
成立1899年
市委書記曾維
市長李英傑
面積
- 総面積12,924 km?
- 市区3,495 km?
海抜55 m
人口
- 総人口(2005)740 万人
- 市区人口(2005)553.6 万人
経済
- GDP(2006)2,483 億元
- 一人あたりGDP35,658元
⇒電話番号24
⇒郵便番号110000
ナンバープレート遼A
市樹アブラマツ
市花ハマナス
官方ウェブサイト: ⇒http://www.shenyang.gov.cn/
瀋陽市(しんようし、簡体字: 沈?、?音: Sh?ny?ng:シェンヤン)は、中華人民共和国遼寧省の省都。旧称は奉天(ほうてん)。中国東北部(旧満州)の主要都市の一つ。市名は、「瀋水ノ陽」の意味で、市内の南部を流れる渾河の古名・瀋水の北に位置することから由来した。国家歴史文化名城に指定される観光都市でもある。経済的重要性から省クラスの自主権をもつ副省級市にも指定されている。
目次
1 人口
2 面積
3 歴史
4 行政区画
5 軍事
6 交通
7 経済
8 日本との関係
9 観光
10 スポーツ
11 主な観光地
12 教育
13 出身有名人
13.1 満州国時代の在留日本人
14 外部リンク
//
市の人口は約737万人(2003年末)で、中国でも4番目に大きな都市である。市区人口488万人。
市の総面積は13,000平方キロメートル、市区面積3,495平方キロメートル。
瀋陽の歴史は大変古く、7200年前には定住集落(新楽遺跡)があったことが知られている。
その後はしばらく地域の地方都市的な位置にあったが、17世紀初頭、サルフの戦いに勝利した満州族のヌルハチは瀋陽を占領して後金の首都とした。1634年には盛京(満州語ムクデン)と改称されている。その後清と名を改めた後金は1644年に明の滅亡後の中国を占領し、首都を北京に変更するが、瀋陽は副都扱いを受け、1657年には奉天府と名付けられて多分に形式的ながら中央政府に準拠した官制がしかれた。現在でも市内にはその時の皇居・瀋陽故宮が残っている。
19世紀後半以降、それまで漢民族の移動を認めなかった満州(現在の中国東北部)が、ロシア帝国の南下政策により方針を改められて急激に開発されるようになると、瀋陽は地域の中心としての役割を担い、東北三省を束ねる政庁も設置された。都市としての瀋陽が大きく膨張したのもこの時期である。日露戦争中の1905年には、当時では史上最大規模の野戦である奉天会戦が行われた。1912年の清朝滅亡後は張作霖や張学良らの奉天軍閥の拠点となり、1923年奉天市政公所が設置されて市政が施行され、1929年張学良によって瀋陽市と改称されたが、駅を中心とする市街地の大半は南満州鉄道の付属地とされ、日本が行政権や警察権を把握していた。1931年満州事変によって日本の関東軍に占領されると、その名を奉天に戻し、1945年の日本の敗戦後には瀋陽に復した。
瀋陽市は地級市(地区クラスの市)として9市区、1県級市、3県を管轄する。
市区: 瀋河区、皇姑区、和平区、大東区、鉄西区、蘇家屯区、東陵区、瀋北新区、于洪区
県級市: 新民市