源 計子(みなもと の かずこ(けいし)、生没年不詳)は、平安時代中期の女官・歌人。宇多源氏。広幡中納言源庶明女。村上天皇の更衣となり、理子内親王・盛子内親王の母となった。父庶明に因んで広幡御息所と呼ばれた。
村上天皇にその聡明さを愛され、天皇が多くの女御・更衣に対して試みた「あふさかも はてはゆききの せきもゐず たづねてとひこ きなばかへさじ」の歌を、「合わせ薫物少し」の沓冠歌と唯一人読み解いたという逸話が残る(『栄花物語』一)。和歌に優れ、天皇に勧めて源順らに『万葉集』の訓点を施させたとも言われている(『十訓抄』七)。『拾遺和歌集』2首(歌番号810及び1182)や『玉葉和歌集』1首(歌番号1483)が入集するほか、『村上天皇御集』にも天皇との贈答歌が残る。
また天徳4年(960年)3月30日に清涼殿において内裏歌合(天徳歌合)が開かれたが、この時に女房方人を務めた「宰相」という人物が会を盛り上げたと『天徳四年内裏歌合』の記録に残っているが、この宰相という女性は計子を指すとされている。
参考文献
角田文衛監修『平安時代史事典』角川書店、1994年。
芳賀登ほか監修『日本女性人名辞典』日本図書センター、1993年。
カテゴリ: 平安時代の人物 | 宇多源氏 | 平安時代の歌人
更新日時:2008年7月6日(日)01:02
取得日時:2008/08/30 20:38