渡辺文樹(わたなべ ふみき、1953年 - )は、日本の映画監督。福島県いわき市出身。株式会社マルパソプロダクション所属。
磐城高校、福島大学教育学部卒。学生時代から自主映画を製作、大学卒業後も家庭教師をしながら映画を製作する。1987年、『家庭教師』にて監督デビュー。
2008年5月14日、旅館の宿泊代を踏み倒したとして詐欺の疑いで、宮城県警に逮捕された。
目次
1 おもな作品 (未公開作品も含む)
2 考察
3 裁判騒動
4 評伝
5 その他
6 外部リンク
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おもな作品 (未公開作品も含む)
下忍(1972年)
18歳での初作品。8ミリ。
しろう(1973年)
父母の一日(1974年)
憤怒の河(1975年)
福島県アマチュア映画長編の部で最優秀賞。
欧州残侠(1976年)
西陣(1977年)
卒業論文代わりに提出した作品。
N氏の優雅な生活(1977年)
麻薬街(1978年)
初の16ミリ作品。
ドキュメント地獄の蟲(1979年)
帰らざる橋(1980年)
福島市市民映画祭で金賞。
福島県庁汚職(1981年)
公安により上映差し止めとなった唯一の未公開作品。
狙撃者(1982年)
8ミリ作品。地元テレビ局で放送。
家庭教師(1987年)
初の35ミリ作品。かつ記念すべき一般上映作品第一号。
島国根性(1990年)
カンヌ国際映画祭出品。日本映画監督協会新人賞(奨励賞)受賞。なお、この年の同奨励賞受賞者には、北野武がいる。(作品:3-4X10月)
ザザンボ(1992年)
当初は松竹が出資し、同社系列で公開の予定だった。しかし、登場人物が実名だったため「人権侵害の疑いがある」として福島県法務局が調査に乗り出す騒ぎになり公開を拒否される。
罵詈雑言<バリゾーゴン>(1996年)
各地で「金返せ」コールが起こる発端に。
腹腹時計<ハラハラトケー>(1999年)
天皇暗殺計画の話であったため、上映会の度に右翼の街宣車が押し掛けた。裁判にも発展した(後述)。
御巣鷹山(2005年)
日本航空123便墜落事故の陰謀説(撃墜説)が題材。
ノモンハン(2008年)
天皇伝説(2008年)
松川事件(2008年春、東北地方で撮影開始予定)
考察
渡辺の映画制作会社・マルパソプロダクションの名前は、クリント・イーストウッドの設立した映画制作会社「Malpaso Productions」に由来するものである。
監督、脚本、主演、編集から、宣伝や上映までを自ら行う。
出演者はポスター等で募集した一般人のみの起用で俳優を一切使わず、監督自らが映画に出演し一般人に扮する出演者に監督がインタビューを取る手段を用いている(『罵詈雑言』)。
全国の公民館などを巡業し、大抵はその日1日のみの上映。興行場所近くの電柱や壁に貼りまくる過激なポスターと、それに殴り書きされる「失神者続出!」「ハンカチ必ず持参」「ゲロ袋用意してます」などの扇情的なキャッチコピーなどの興行スタイルで有名。いわゆる見世物小屋的な手法であり、ファンやマニアの間ではこのポスターの煽り文句や上映手段を含めて1つの作品だと認識している(ポスターを見てホラー・猟奇映画と思い見に来たが実際は全く別な内容で憤慨した観客らと揉め事を起こす事もある。『警察24時』系のテレビ番組でも名前こそは伏せられていたが騒動の一部始終が取り上げられたことがある)。
ポスターやチラシは熱烈なファンが持ち帰ることもがあるが、大抵は回収せずに数日間そのまま放置されていることが多い。
カメラは35mmカメラを使用している。
渡辺の作品『腹腹時計』は天皇制に反対するテロリストが昭和天皇の暗殺を企てるという題材である。そのため、同作品は自治体や上映施設から「公序良俗に反する」という理由で上映拒否をされるということがあった。その際、渡辺は「表現の自由」が侵害されたとして損害賠償を求めることがあった。
事例1: 2002年6月26日、群馬県安中市に損害賠償100万円を求めた裁判で、前橋地裁・高崎支部は渡辺の訴えをほぼ認め、市に50万円の支払いを命じた。
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評伝
佐野眞一『人を覗にいく』113-137頁(狂気のフィルム行商人――渡辺文樹・映画監督)、ちくま文庫、2002年。
その他
今までに作られた作品は上映での公開のみで、ビデオ化された作品は、『家庭教師』・『島国根性』・『ザザンボ』を除き、現在の所存在しない。