衆議院議員 渡海 紀三朗
生年月日1948年2月11日(60歳)
出生地兵庫県高砂市
出身校早稲田大学
学位・資格理工学士
一級建築士
前職日建設計従業員
衆議院議員秘書
所属委員会
内閣役職内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)
世襲二世 父・渡海元三郎
選出選挙区兵庫県第10区
当選回数6回
所属党派自由民主党(山崎派)
党役職党本部政調会長代理
科学技術創造立国推進調査会々長
兵庫県支部連合会常任顧問
兵庫県第10選挙区支部長
会館部屋番号衆・第一議員会館230号室
⇒渡海紀三朗オンライン
渡海 紀三朗(とかい きさぶろう、1948年2月11日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員。内閣総理大臣補佐官。
目次
1 来歴
1.1 生い立ち
1.2 政治家として
2 政治資金
3 人物
4 略歴
5 議員連盟
6 著作
7 脚注
8 外部リンク
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兵庫県高砂市出身。兵庫県立姫路西高等学校から早稲田大学理工学部に進学。
大学卒業後、日建設計に入社し、サラリーマン生活を送る。日建設計では、神戸総合運動公園ユニバー記念競技場の設計やグリーンスタジアム神戸の構想計画などにも参画した[1]。その後、外務大臣であった安倍晋太郎の秘書を務めた。
1986年の第38回衆議院議員総選挙にて初当選。以後当選6回。1993年、自由民主党を離党し新党さきがけの結成に参加。党政策調査会長・党国会対策委員長などを務めた。1996年の第41回衆議院議員総選挙で落選。1998年の新党さきがけ解党により自由民主党に復党。
2000年の第42回衆議院議員総選挙で復活。科学技術総括政務次官、文部科学副大臣、衆議院決算行政監視委員長、自由民主党兵庫県支部連合会会長などの要職を歴任した。2007年8月、党政調会長代理に就任した。
2007年9月、福田康夫内閣の下で文部科学大臣として初入閣を果たす。2008年8月、福田内閣改造内閣の発足に伴い退任したが、内閣総理大臣補佐官(教育再生担当)に任じられた。
渡海が代表を務める「自由民主党兵庫県第10区選挙区支部」が、渡海が出馬した2003年11月9日の第43回衆院選の公示日の当日と、2005年9月11日の第44回衆院選の公示日前日に国の公共工事を受注・施工中の、高砂市の建設会社からそれぞれ100万円の寄付を受けていたことが判明した。公職選挙法では国と契約関係にある団体や企業が国政選挙関連に寄付をすることも、候補者が寄付を受けることも禁止されている。この建設会社は国道2号バイパス道路改良工事をおよそ2億7000万円で、神戸市内の海岸補修工事を650万円で請け負っており、過去数年間にもそれぞれ数十万円を寄付していた。渡海事務所は「特定の選挙資金ではなく、公職選挙法違反の認識もないが、疑義を持たれるのは不本意なので、返金したい」とし、建設会社側は、「仕事面で便宜を図ってもらったことはないと思う。法律をよく知らなかった」などとしている。 [2]
その後、10月2日の会見で2000年の第42回衆議院議員総選挙の前後にも別の建設会社3社から計442万円の寄付を受けていたことを本人は明らかにした。渡海は、3社のこれ以外の時期の寄付36万円を含めた計478万円を、用意ができしだい返金するという。[3]