?南市
J?n?n Sh?略称: 済 (Pinyin: J?)
山東省内の済南の位置(オレンジ色)
済南(さいなん、チーナン。ピンイン: ji3 nan2)は、中華人民共和国山東省の省都であり、副省級市。山東省の西部にあり、省内の通商、政治、文化の中心である。市中を黄河が流れ、南には泰山が控えている。2005年の人口は569万人、うち都市部の人口は254万人。人口のほとんどは漢族で、満族や回族も住んでいる。
言語は山東方言があるが北京語に近い。済南は北京料理のもととなった、やわらかくて塩辛い「魯菜」(山東料理)でも知られている。城内に「天下第一泉」と呼ばれる?突泉をはじめとする「七十二名泉」と呼ばれる水量の多く美しい泉水があるため、都市の別名を「泉城」という。豊かな自然と歴史資源を持つため、国家歴史文化名城に指定されている。
目次
1 地理
2 沿革
3 行政区画
4 教育
5 経済・交通
6 古跡・観光地
7 スポーツ
8 友好都市
9 関連項目
10 外部リンク
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済南市は北緯36度40分,東経117度00分に位置している。北側は黄河に沿った沖積平野であり、南側は泰山へと続く丘陵地帯になっており、土地は北が低く南が高い地勢となっている。主要な河川は黄河、小清河、徒駭河の三つ。大明湖、白雲湖、芽荘湖等の湖沼が散在する。長城嶺、?馬嶺、梯子山、黒牛寨などの山が市域内にある。陸地面積は8,154平方km、うち山地や丘陵が3,000平方km余り、平原が5,000平方kmほどである。
済南は温帯の半湿潤大陸性気候に属し、四季がはっきりしている。春は乾燥し雨が少なく、夏は暑く雨が多く、秋はさわやかで、冬は乾燥して非常に寒く平均最高気温は3.6℃ほどしかない。年平均気温は14.3℃、年平均降水量は660.7mmである。
もともと河南省済源市を源流とする済水という川がこの地を流れていたため、その南に前漢時代に済南郡が置かれたのが名の始まりである。後に黄河の流れが変わったとき、済水の河川敷はそのまま現在の黄河下流となってしまった。
史記によれば、三皇五帝のひとり、舜は歴山(現在の千仏山)で耕作と狩猟をしたという。このため市内には舜にちなんだ泉や地名が多い。
実際にもここが黄河文明の中心の一つだったと見られる。1930年、市南部の章丘市龍山鎮から黒陶が発掘され、青銅器文化にいたる直前の龍山文化はこの地から名づけられた。現在の市街の下にある古代の都市跡は、その居住は殷のはじめ頃に遡ると考えられている。周代から次第に繁栄し、西晋時代には仏教が広まるとともに多くの仏教寺院がこの地に集中し、仏教の中心の一つとなった。
北宋時代には章丘に女流詩人・李清照と夫の金石家・趙明誠が住み『金石録』を編むなど、済南は詩や書画などの文化の都として知られた。清代にも蒲松齢、王士禎などの文人がここで活躍するなど、文人の都としての伝統は長く受け継がれた。また中国のみならず世界最古の広告チラシの印刷用の原版(銅でできた板に『濟南劉家功夫針鋪』とあり、現在上海博物館所蔵)が出土するなど、商業都市としても知られ、王朝の中でも収める租税の額が最高に近かった。明代からは山東省の省都となっている。
商業都市としての重要性は清代、中華民国時代にも続き、近代以降は日本人を含む多くの外国人が商取引のため居住したが、民国の内戦中に日本人居留民が巻き込まれる済南事件が起こっている。日中戦争で大きく破壊されたが、戦後復興され、改革開放後は商工業都市として順調に成長している。
6区、1市、3県を統轄する。
区
市中区・歴下区・天橋区・槐蔭区・歴城区・長清区
市(県級市)
章丘市
県
平陰県・済陽県・商河県
歴城区・長清区は済南の市街地から離れており、実質的に済南市街地を構成するのは残り4区である。
省都のため、多くの高等教育機関が済南に集まっている。
山東大学
済南大学
山東師範大学
山東建築工程学院
山東軽工業学院
山東中医薬大学
山東工芸美術学院
山東芸術学院
山東政法学院
山東体育学院
山東経済学院
山東財政学院
山東科技大学−済南校区
山東電力高等専科学校
古くから商工業が発達し、1904年には開港地となった。同年、膠済鉄道(青島〜済南)がドイツ資本によって開通し、さらに津浦鉄道(天津〜上海、現在の京滬線)が開通すると二つの鉄道がクロスする交通の要所となった。現在でも済南駅は全国の旅客列車が通過し、大きな貨物ターミナル施設を備えている。将来的には、北京と上海を結ぶ高速鉄道が済南を通る予定である。
近年は全国的な高速道路ネットワークの中心となり、済南と青島を結ぶ済青高速公路、北京と福州を結ぶ京福高速公路、北京と上海を結ぶ京滬高速公路など、中国の南北軸と東西軸の交点となり、これらを結ぶ市内環状高速道路もできている。