清棲幸保
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清棲幸保(きよす ゆきやす 1901年2月 - 1975年)は日本の鳥類学者、伯爵。旧姓真田。

信州松代藩第11代真田幸民の末子(三男)として東京市麻布区材木町(東京都港区六本木)に生まれる。学習院初等科の頃から、昆虫採集鳥類の標本作成に興じる。学習院では成績優秀かつ容姿端麗で知られた。学習院高等科から東京帝国大学理学部動物学科に進む。在学中、伏見宮家の分家である清棲伯爵家に入り、1923年伏見宮博恭王の第2皇女敦子との両養子で家を継ぐ。

大学卒業後、1927年まで徳川生物学研究所に勤務。1932年農林省畜産局鳥獣調査室に農林省嘱託として奉職。併せて、京都帝国大学大学院で川村多実二教授に師事し、鳥の生理学的研究をおこなう。1942年からは文部省資源科学研究所で極東地域の鳥の生態を研究。

1954年宇都宮大学講師。のち助教授から教授となり、1964年に退官。1975年老衰のため東京都目黒区の自宅で死去。享年74。

著書『日本鳥類大図鑑』全3巻(1952年講談社)は名著の誉れが高い。息子清棲保之も鳥類学者である。


関連項目

徳川義親
カテゴリ: 日本の生物学者 | 鳥類学者 | 日本の華族 | 1901年生 | 1975年没

更新日時:2007年2月25日(日)01:48
取得日時:2008/08/24 01:11


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen