海浜ニュータウン(かいひん―)は、千葉市北部の東京湾岸に、埋め立てによって造成されたニュータウンである。全域が同市美浜区に属す。事業主体は住宅・都市整備公団(現:都市再生機構)、千葉県住宅供給公社、千葉市などで、1968年に事業が開始され、1973年に高洲・真砂地区から入居が始まった。
目次
1 ニュータウンを構成する町
1.1 高洲
1.2 高浜
1.3 真砂
1.4 磯辺
1.5 幕張西
1.6 打瀬(うたせ)
2 歴史
3 教育機関
4 交通
5 関連項目
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ニュータウンは、稲毛、検見川、幕張の3地区より構成され、住宅地域としては以下のような町がある。
高洲は、海浜ニュータウンで最も早く入居の始まった稲毛側・陸地寄りの地区である。住宅は、初期に建設された高洲第一団地、第二団地のほか、稲毛海岸駅周辺に新しい高層マンションがある。高洲第一団地のうち、北側の京葉線沿いに並ぶ高層住宅はパイロット・ハウスといい、これは当時の建設省などを主体として行われた将来住宅コンクールに出展されたものである。
1980年代から、中央部の高洲3丁目にコミュニティセンターの建設が進み、大型商業施設・忠実屋新稲毛店(現・ジャスコマリンピア専門店館)、扇屋ジャスコマリンピア店(現・ジャスコマリンピア店)の開業を経て、その後京葉線の開通により稲毛海岸駅が設置された。現在まで、ニュータウンの中心地として発展を遂げている。
高浜は、稲毛側・海寄りの地区である。当初はほぼ全域が住宅用地となる予定であったが、計画が変更になり、南部には中央卸売市場が建設された。また、海沿いの7丁目には稲毛海浜公園が広がっている。
初期に建設された団地のほか、海浜公園通り沿いには新しい中高層マンションが並んでいる。これらは1990年代以降、千葉海浜交通のバス車庫や野球場の跡地を利用して建設されたものである。
真砂は、検見川側・陸地寄りの地区であり、高洲に次いで早くから入居の進んでいたところである。美浜区の行政の中心であり、美浜区役所のほか、郵便局、消防署、警察署などの公共施設が集中している。また、高洲寄りの1丁目に東京歯科大学、同付属千葉病院がある。
検見川寄り地区の道路は、曲線を多く用いることをコンセプトとしており、京葉線沿いを走る街路も検見川浜駅付近で大きくカーブを描いている。
磯辺は、検見川側・海寄りの地区である。この地区は、定住性の高い住宅地の造成を目的に開発されたため、住宅の多くが一戸建てであり、海浜ニュータウンの中で独特の景観を呈している。道がきちんと区画されている。
海側には千葉市立海浜病院、千葉県救急医療センターと磯辺・千葉西の2つの高校がある。また、海沿いは人工海浜・けみがわの浜として整備されているほか、草野水路の河口付近に稲毛ヨットハーバーがある。
幕張西は、海浜ニュータウンの西端、習志野市との境界に位置する。水路をはさんで北側は幕張B地区として計画されたところで、当初は幕張町一丁目に属し、その後住居表示により幕張西1〜4丁目となった。南側は幕張C地区として造成された後発の地区である。
打瀬は、幕張A地区として計画された地域の一部で、「幕張ベイタウン」として西欧風の洗練された街並みが形成されている。ニュータウン内では最も新しい住宅地で、1995年の入居開始である。幕張A地区は、当初全域が住宅を中心に造成される予定であったが、のちに新都心として整備されることとなり、南東部の打瀬地区のみを住宅地区とするよう変更された。
歴史
昭和42年2月 - 千葉県第2次5ヵ年計画において、千葉海浜ニュータウン構想を立案。
昭和44年3月 - 稲毛海浜ニュータウン土地利用構想策定。
昭和44年8月 - 稲毛海浜ニュータウン埋立事業着工。
昭和45年5月 - 稲毛海浜ニュータウン基本設計作成。
昭和50年11月 - 地区センター実施計画策定。
昭和51年4月 - 人工海浜「いなげの浜」オープン。
昭和51年11月 - 稲毛陸橋工事着工。
昭和54年4月 - 稲毛陸橋開通。
高等学校
千葉県立千葉西高等学校
千葉県立磯辺高等学校
千葉県立検見川高等学校
千葉市立稲毛高等学校
中学校
千葉市立稲毛高等学校付属中学校
千葉市立高浜中学校
千葉市立高洲第一中学校
千葉市立高洲第二中学校
千葉市立真砂第一中学校
千葉市立真砂第二中学校
千葉市立磯辺第一中学校
千葉市立磯辺第二中学校
小学校
千葉市立高浜第一小学校
千葉市立高浜第二小学校
千葉市立高浜第三小学校
千葉市立高洲第一小学校
千葉市立高洲第二小学校
千葉市立高洲第三小学校
千葉市立高洲第四小学校
千葉市立真砂第一小学校
千葉市立真砂第二小学校
千葉市立真砂第三小学校
千葉市立真砂第四小学校
千葉市立真砂第五小学校