浅利 圭一郎(あさり けいいちろう、1975年1月31日 - )は北海道札幌市出身のジャーナリスト。
札幌光星高等学校、法政大学文学部史学科(入学時は経済学部、後に転部)卒業後、神戸新聞社入社。同社を退社後、ラジオパーソナリティや雑誌編集記者などを経て、2005年フリーランスジャーナリストとして活動を開始。
主に、引きこもり、ニートと発達障害などの精神的問題、社会における少数派の実際などをライフワークとする。また、鉄道や航空機、スポーツ、建築物、外資系高級ホテルなどにも造詣が深い。
根っからのラジオ好きで、小学生の頃よりディスクジョッキーの真似事をしてはテープに吹き込み、小学校から高校までの卒業文集などでも「将来はアナウンサーになる」と公言していたという。その志は変わらず、就職活動時にはテレビ・ラジオを問わず各局のアナウンサー試験を受験し、NHK、フジテレビジョン、文化放送や毎日放送などで最終面接まで残りながら採用されず、その後合格した神戸新聞社に入社。ただ、同社の受験当時、記者職の試験は既に終わっており営業職扱いで採用された為、入社早々、自らが記者など伝え手でないことに生理的な違和感を覚え、そのことが退社に至る大きな理由になったと語っている。
ちなみに、名前の「圭一郎」は、プロゴルファーの深堀圭一郎に似ていることから高校生の頃からあだ名で呼ばれるようになり、出生時父親が命名した名前が「三厳(みつよし)」という難解なもの(由来は、柳生三厳とのこと)であったこともあり、通称として前者を長く使用した後、大学卒業時に正式に家庭裁判所で圭一郎への改名を申請したところ認められたというユニークなエピソードも披露している。
尚、高校時代にその進路について、フジテレビアナウンサーの笠井信輔に相談したことがきっかけとなり、以来親交がある。
外部リンク
⇒浅利情報漏洩本部
⇒神戸新聞社
⇒文化放送
カテゴリ: 日本のジャーナリスト | 1975年生 | 神戸新聞社 | 札幌市出身の人物
更新日時:2008年7月21日(月)19:02
取得日時:2008/08/25 00:49