法の支配(ほうのしはい、英:Rule of Law)とは、何人も法(Law, コモン・ロー)以外のものには支配されず、法に違背した制定法は無効である、また全ての統治権力は(正義の)法に拘束される、という英米系法学の基本的原理である。統治権力者による恣意的な支配(人の支配)を排斥し、全ての統治権力を法で拘束することによって、被治者の権利・自由と財産・名誉のほか慣習や道徳を保障することを目的とする。ただし、時代や国、論者により異なる様相を呈する多義的な概念である点に留意が必要である。
目次
1 歴史
1.1 日本での展開
2 法治主義との関係
3 脚注
4 関連項目
5 参考文献
6 外部リンク
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「法の支配」の原型は、古代ギリシアに求める見解や中世のゲルマン法に求める見解もあり一定しないものの、それが明確な形としてあらわれたのがイギリスにおいてであることには、ほぼ異論がない。「法の支配」を言い表すのに、「国王といえども神と法の下にある」という、13世紀のイギリスの人物・ヘンリー・ブラクトンの法諺が引用されるが、この法諺には、国王であれ議会であれ官僚であれ人民であれ、「あらゆるものを自由に決定できる権利=主権」など国内政治のどこにも存在しない、という思想が表れている。
大陸法系においては、ローマ法が普及するに伴い従来のゲルマン法の「法の支配(Rule of Law)」は衰退し、代わってローマ法の「法治主義(rule by laws)」(後述)が浸透していった。しかし、コモン・ロー体系が確立していたイギリスにおいてはローマ法の影響は小さく、「法の支配」は、マグナ・カルタ以来の法の歴史を踏まえ、16世紀から17世紀にかけて、英国の裁判官達によって、憲法原理として確立された。中でもエドワード・コーク卿の『英国法提要』・『判例集』は、その不朽のテキストである。また、ウィリアム・ブラックストンの『イギリス法釈義』は、このコークの法思想を19世紀に継ぐべく書かれた、英国法の体系的なコメンタリーである。
イギリスの植民地であったアメリカにおいては、不文法(非成文法)であるイギリス法を知る手段は限定されたものであった中で、『英国法提要』・『イギリス法釈義』はアメリカの法曹に広く読まれるテキストとなり、アメリカ法に強い影響を与えることになる。この「法の支配」を根幹に据えて、アレグサンダー・ハミルトンらによって実際の成文憲法として起草されたのが、アメリカ合衆国憲法(1787)である。その起草・制定に当たっては、憲法はコモン・ローを体現し得るものでなくてはならず、全ての統治権力は「法の支配」を受けるべきとする原理を重視した。これが米国法における立憲主義であり、「法の支配」を成文憲法によって実現しようとするものである。なお、アメリカ合衆国憲法に「主権」という語が登場しないことは、注目に値する。そして、マーベリー対マディソン事件(1803)をきっかけに米国で発祥した違憲立法審査権もまた、コークの『判例集』にヒントを得て、この「法の支配」から発想された憲法原理の一つである。
一方、イギリスのA・V・ダイシーは『イギリス憲法研究序説』(1885)で法の支配を理論化し、以下の三つの原則を示した。
専断的権力の支配を排した、慣習法(コモン・ロー)の支配。(人の支配の否定)
制定された法律は国民にも政府にも平等に適用される。(特別裁判所の禁止)
裁判所による判例の集積が、正しい法となる。
ただし、「法の支配」の解説を『イギリス憲法研究序説』に求めるのは、ダイシー自身の政治思想や当時のイギリスの政治状況、例えば、コレクティビズム批判、ホイッグとの関係、行政法に対する不寛容、19世紀的な「議会主権」を優先する制定法主義の正当化、などに留意すべきとの指摘もある。
日本の法体系は、明治以降に永く大陸法を基調として来た。憲法学においては「法の支配」という観念が広く受容されているが、そのような説においては、法の支配の内容は以下の4つとされている[1]。
人権の保障 : 憲法は人権の保障を目的とする。
憲法の最高法規性 : 法律・政令・省令・条例・規則など各種法規範の中で、憲法は最高の位置を占めるものであり、それに反する全ての法規範は効力を持たない。
司法権重視 : 法の支配においては、立法権・行政権などの国家権力に対する抑制手段として、裁判所は極めて重要な役割を果たす。
適正手続の保障 : 法内容の適正のみならず、手続きの公正さもまた要求される。この法の適正手続(due process of law)の保障は英米法の基本概念の一つである。
日本国憲法は、権利の保障は第3章で、憲法の最高法規性は第10章で、司法権重視は76条・81条で、適正手続の保障は31条で、それぞれ定めているので、「法の支配」を満足していると見なされている。
但し、日本国憲法施行の当初から、GHQによる検閲や農地改革等により権利の保障は大きく歪められ、また、最高裁の下す違憲判決の少なさから、日本において法の支配は十分に機能していないとする見解もある。一方、佐藤幸治は、「法の支配」における「法」という観念の特殊性に言及している[2]。また、中川八洋は、日本の憲法学における「法の支配」の理解は、イギリスのA・V・ダイシー説に依拠しており、伝統的な「法の支配」の概念と相容れない旨指摘している。
法の支配と似て非なる概念として、19世紀後半にドイツで発展した法治主義(Rechtsstaat)がある。法治主義は、法律によって権力を制限しようとする点で一見「法の支配」と同じにみえる。しかし、法治主義は、議会が作った法律であれば、その内容の適正を問わず、「悪法も法なり」とする。他方、「法の支配」の下においては、法律の内容は適正でなければならず、「悪法も法なり」とはしない。英米法系においては、権力者による恣意的な統治(「人による政治」)は、たとえそれが「法律(立法)」の手続を経てなされるとしても無効であると考える。