沿海州
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この項目では極東ロシアの旧州について記述しています。極東ロシアの現在の地方名については沿海地方を、その他の沿海州・地方についてはリトラルをご覧ください。

沿海州(えんかいしゅう;ロシア語:Примо?рьеプリモーリイェ)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけてロシア帝国極東地域(極東ロシア)においていたである。日本語名の「沿海州」は、ロシア語名「プリモーリエ(Приморье)」の訳語である。


概要

ロシア人と、ツングース系の先住民とが混在した。8世紀には、渤海の版図であった。その後中国領となっていたが、1860年北京条約によってロシアが領有した。

ソビエト連邦時代の1938年に分割、改組されて沿海地方(Приморский край)になっているが、その後も日本語では慣用的にソ連・ロシア領のこの地域を指して沿海州の呼称が用いられた。現在、ロシア連邦の連邦構成主体のひとつとして存続している沿海地方を指しても沿海州ということがしばしばみられるが、ロシアの行政用語で「州」と訳されるオーブラスチ (о?бласть) と、沿海地方の「地方」にあたるクライ(край) は訳し分けられる別々の単語であるので、現行の沿海地方を沿海州と呼ぶのは俗称というべきものである。なお、より厳密に訳せば、この場合の「プリモルスキー(Приморский)」は「プリモーリエ(Приморье)」の形容詞形であるので「プリモーリエ地方/沿海州地方」という意味に取ることができる。[1]

沿海地方に分裂される以前の沿海州は、極東ロシアの日本海沿岸、シホテアリニ山脈の一帯とハンカ湖沿いの平地を合わせた領域で、現在の沿海地方ハバロフスク地方南部を合わせたものであった。

李氏朝鮮末期から、咸鏡北道農民が多数移住したが、スターリン時代に、「日本軍スパイと区別がつかない」と中央アジアに強制移住させられた。現在、徐々に移住先から復帰し高麗人と称している。


脚注[ヘルプ]^ 一般には「приморский」は「海岸の、海沿いの」といった意味の形容詞であるが、地方(クライ)名としては「海沿いの地方」と解釈したのでは意味をなさない。それまで「沿海州/プリモーリエ」と呼ばれてきた地域に置かれた地方(クライ)であるから「Приморский край」と命名されたのである。


この「沿海州」は世界地理に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:地理/PJ世界の旅)。
カテゴリ: 世界地理関連のスタブ項目 | ロシアの地理 | 外満州

更新日時:2008年5月13日(火)18:57
取得日時:2008/07/06 08:44


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