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世界測地系: ⇒20°25′31″N, 136°4′11″E沖ノ鳥島
沖ノ鳥島(おきのとりしま)は、小笠原諸島に連なる太平洋上に浮かぶ日本最南端の島(サンゴ礁)である。
満潮時に沈まないのは東小島、北小島と呼ばれる二つの露岩で、大部分は海面下にある。沖ノ鳥島の法的地位については古くから論争があり、近年では中国政府より日本政府の排他的経済水域(EEZ)の主張に対する異議が申し立てられている。
目次
1 地理
2 島の歴史
3 沖ノ鳥島の意義
3.1 風化防止策
3.2 自然による造成策
3.3 地位に関する論争
3.3.1 中国の主張
3.3.2 日本の対抗措置
4 脚注
5 関連項目
6 外部リンク
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東小島(ひがしこじま)と北小島(きたこじま)の2つの島から成り、太平洋の絶海に孤立して形成された南北約1.7km、東西約4.5km、周囲約11kmほどのコメ粒形をした環礁の中にある無人島である。 ⇒北緯20度25分31秒東経136度4分11秒[1]に浮かぶ。日本では小笠原諸島の一部として、東京都小笠原村に属し、住所は郵便番号「100-2100」、東京都小笠原村沖ノ鳥島1番地(北小島)及び、2番地(東小島)となっている。ただし、東京都だけでは保守費用を負担しきれないことから、1999年6月以降は、国(所管は国土交通省)が中心に管理をしている。電話の市外局番は小笠原村の04998だが、この島に加入者は存在しない。
第二次世界大戦の前の調査では最大2.8mの北小島(昔は北露岩と呼ばれた。現在は数十cm)を含め6つの島があったようだが、現在では北小島と東小島(同、東露岩)の2つのみである(正確なところは不明ながら、1933年当初の記録では5つ確認されており、1968年に日本へ管轄権が返還された後も、1982年以前は4つとされていた)。このため、残りの2つも消滅する恐れがあり、この頃から国際的に大きな話題となっていた、半径200海里の排他的経済水域を失うことになるため、日本政府は1988年から、これらの島に消波ブロック設置とコンクリート護岸工事を施し、チタン合金の金網を被せて保護している。
なお、この島は過去100年あたり1cmという、地盤の沈下が極めて小さいことでも知られ、地球温暖化などに伴う海面の水位変化を調べるのに役立っている。ただし、近年のGPS調査によると沈降こそ無いものの、N70°W5.0cm/年(1年間に進む距離が、真北から西へ70度回った方向に5cm)で、西北西に移動しているようである。
島とは関係ないが、1988年から、戦前に建設を試みて中断していた灯台の足場に大規模な観測施設を建設したが、通常は無人の気象観測のみをしている。
沖ノ鳥島周辺は、海面と海底の水の温度差が、年間を通じて20度程あり、海洋温度差発電にふさわしい条件がそろっているという。
島の歴史
16世紀頃からスペイン船などに知られ、国外ではダグラス礁などと呼ばれていた。
1920年(大正9年)- 国際連盟により日本の委任統治領となる[2]。
1931年(昭和6年)7月6日 - 「内務省告示第百六十三号」によって、東京府に編入される。
1940年(昭和15年)ごろから、島に飛行場や灯台を建設しようと、調査・工事が始まる。しかし、太平洋戦争(大東亜戦争)に突入し、戦局が悪化すると工事は中断。現在はサンゴ礁の爆破の跡と、灯台の基礎部分のみが残っている。この灯台の基礎工事を発見した米艦艇が砲撃を加えたという記録もある。
1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制施行。(東京府廃止)
1952年(昭和27年) - サンフランシスコ平和条約第三条により、小笠原諸島と共にアメリカ合衆国が信託統治下に置く。