江戸(えど。外国語ではEdo、Yedo、Yeddo、Yendo、Jedoなど諸表記あり)は、東京の旧称である。特に、江戸城を中心とする東京特別区中心部(東京都千代田区周辺)を指す。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 徳川氏以前の江戸
2.2 徳川時代の江戸
2.3 江戸の人口と識字率
2.4 江戸から東京へ
3 都市
3.1 江戸の範囲
4 神社仏閣
4.1 神社
4.2 寺院
4.3 廟
4.4 江戸近郊
5 江戸の生活と文化
5.1 娯楽
5.2 服装
5.3 食事
5.4 諺・故事成語
6 江戸を題材にした作品
6.1 小説
6.2 随筆
6.3 映画・テレビドラマ
7 関連項目
8 関連書籍
9 外部リンク
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江戸は明治維新により東京とされるまで皇居を置かなかったため都ではなかったが、江戸時代には江戸幕府が置かれた事実上の日本の首都であり、日本の政治経済の中心地として発展した。また、江戸城は徳川氏の将軍の居城であり、江戸は幕府の政庁が置かれる行政府の所在地であると同時に、自身も天領を支配する領主である徳川氏(徳川将軍家)の城下町でもあった。しかし幕末になると政治的中心が再び京都に移り、15代将軍徳川慶喜は将軍としては江戸に一度も居住しなかった。
1868年(明治元年)に発せられた江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書により江戸は東京と改称され、続く天皇の東京行幸により江戸城が東京の皇居とされた。翌年には明治新政府も京都から東京に移され、日本の事実上の首都として返り咲いた。また、東京への改称とともに町奉行支配地内を管轄する東京府庁が開庁されたが(1871年、廃藩置県に伴い新・東京府に更置)、その後も「東京とは京都からみて東の都という意味に過ぎず、地名としては江戸のままである」とする考えが根強く存在してきた。
1889年に、市制施行で東京市となった。1943年の戦時体制下で、東京府と東京市は廃止されて、東京都が設置された。
江戸の町は、大きく分けて見ると江戸城の西に広がる山の手の武家屋敷と、東の隅田川をはじめとする数々の河川・堀に面した庶民の町(下町)に大別される。川・堀の水路網と蔵は江戸を象徴する町並の特徴であり、蔵造りの町並が残された川越市、栃木市、佐原市などの関東地方の河港都市は、江戸に似た構造という点や江戸と交流が深かったという点から「小江戸」と呼ばれている。
「江戸」という地名は、鎌倉幕府の歴史書『吾妻鏡』が史料上の初見で、おおよそ平安時代後半に発生した地名であると考えられている。
地名の由来は諸説あるが、江は川あるいは入江とすると、戸は入口を意味するから「江の入り口」に由来したと考える説が有力である。当時の江戸は、武蔵国と下総国の国境である隅田川の河口の西に位置し、日比谷入江と呼ばれる入江が、後の江戸城の間近に入り込んでいた。
江戸の開発は、平安時代後期に武蔵国の秩父地方から出て河越から入間川(現荒川)沿いに平野部へと進出してきた桓武平氏を称する秩父党の一族によって始められた。11世紀に秩父氏から出た江戸重継は、江戸の桜田(のちの江戸城)の高台に居館を構え、江戸の地名をとって江戸太郎を称し、江戸氏を興す。