この項目では2008年に発足した民主党(韓国)について説明しています。
1955−1965年の間に存在した民主党(韓国)については民主党 (韓国 1955)をご覧ください。
1990−1991年の間に存在した民主党(韓国)については民主党 (韓国 1990)をご覧ください。
1991−1995年の間に存在した民主党(韓国)については民主党 (韓国 1991)をご覧ください。
2005−2008年の間に存在した民主党(韓国)については民主党 (韓国 2005)をご覧ください。
大韓民国の政党
民主党
???(ミンジュダン)
代表丁世均
院内代表元恵栄
成立年月日2008年7月6日
(統合民主党から党名改称)
所在地
ソウル特別市永登浦区堂山洞6街121-147
国会81 / 299
(2008年4月9日現在)
政治的思想・立場自由主義・中道・中道左派
公式サイト ⇒民主党公式ホームページ
表・話・編・歴
「民主党」(みんしゅとう)は、韓国の自由主義(中道改革主義)政党で、李明博政権の野党、国会ではハンナラ党に次ぐ第2党である。代表(党首)は、盧武鉉政権で産業資源相を務めた丁世均[1]。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の与党であった「開かれたウリ党(ウリ党)」の議員が中心となって結成した「大統合民主新党」と、野党の「民主党」が統合して2008年2月17日に結成された「統合民主党」が7月6日に党名を「民主党」に改称し、現在に至っている。
目次
1 概要
1.1 年表
1.2 候補を擁立した選挙
1.2.1 総選挙
2 民主党の綱領と政策
2.1 綱領
2.2 政策
3 金大中・盧武鉉政権与党の再編過程
4 脚注
5 関連項目
//
2003年11月、当時の盧武鉉政権与党であった新千年民主党から盧武鉉大統領支持グループが離党して「開かれたウリ党」を結成したことで分裂していた旧与党勢力が、2008年4月の総選挙を目前にして、政権奪還で支持率が上昇していたハンナラ党に一致結束して選挙に挑むために再び一つの政党に統合する形で「統合民主党」が結成されたが、総選挙では、ソウル及び首都圏を中心に議席を大幅に減らし、党代表の孫鶴圭、大統領候補だった鄭東泳や在野出身有力者の金槿泰、元国務総理の韓明淑などが落選し、執行部の交代を余儀なくされた[2][3]。また、盧武鉉を支えた民主化運動出身の40歳代議員(386世代)の多くも落選[4]した。
7月4日の統合民主党最高会議で「伝統的に民主勢力を代弁してきた「民主党」という党名を使うことで、認知度と党のアイデンティティを国民にアピールすることが出来る」として、党名変更を正式決定[5]し、7月6日に行なわれた党大会で党名が「民主党」に変更され、代表に丁世均が選出された。
この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。
年月日出来事(党名の後の括弧はその政党の略称名)
2007年2月14日ウリ党定期党大会、民主党やウリ党離党者も含めた大統合新党結成推進を決議[6]
2007年5月7日ウリ党離党者が「中道改革統合新党(統合新党)」結成[7]
2007年6月27日統合新党と民主党が「中道統合民主党(統合民主党)」を結成[8]
2007年8月5日ウリ党離党者、統合民主党の大統合新党派を中心に「大統合民主新党(民主新党)」が結成[9]
2007年8月20日民主新党、ウリ党を吸収合併[10]。ハンナラ党を上回って院内第一党に
2008年2月11日民主新党孫鶴圭代表と民主党朴相千代表が会談、「統合民主党」の結成で合意[11]