比較言語学(ひかくげんごがく,Comparative linguistics)とは、言語学(歴史言語学)の一分野であり、親縁関係や同系性が推定される諸言語を比較することにより、同系性や親縁性を見出したり、あるいは共通祖語を再構したりしようとする学問。関係が不明な言語間で比較する研究は、対照言語学と言う。インドからヨーロッパの言語をまとめた「インド・ヨーロッパ語族」(印欧語族ともいう)に関するものが代表的。
目次
1 方法と概要
2 批判と現在の状況
3 比較言語学の歴史
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
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方法と概要
基本的には音韻体系、言語形態、統語論、語彙などさまざまな局面を複数の言語間で比較分析を行なう。言語はつねに変化していくもので、とりわけ語彙はそのつど時代の造語や流行の変化によって変わりやすい。しかし音韻体系や統語論など言語の構造に関する次元は変化しにくい。そのため方法論的には、音声学に基づいた音韻対応分析が有意な手続きとして用いられる。
比較方法とは、同系関係にある言語の間で維持された「同源語cognate word」を引き合わせそこになんらかの対応関係の規則を見いだし、それに基づいて「祖語形proto-form」を再構する手続きのことである。[1]
比較言語学の手法は、同系性が前提とされる限り、どのような言語にも適応できる。たとえば、文献資料のないオーストロネシア語族にも使われ、数多く業績をあげている。
しかし印欧比較言語学の伝統に依拠するあまり、音韻対応が見いだせない言語間の研究は認められない傾向がある(近代比較言語学が確立されるまでは、ただ発音や意味が似ているだけで精密な検証を行わず、現代においてもいわゆるトンデモ学説として一部で行われている)だが音韻対応以外にも、比較言語学が可能な方法論の構築は必須である。
一般に普及している言語の分類一覧も、比較言語学の成果をまとめたものである。
なお語族と人種・民族は必ずしも一致しない。
印欧比較言語学への批判としてはフーゴ・シューハルト(1842-1927)の批判がある[2]。そもそも比較言語学の研究方法が可能であったのは、比較対象であるそれぞれの言語が相互に比較できるほどの類似点を備えかつ独自の構造を持っていて、さらにそれらがほかの言語と混じり合うことなく、固有の発展を経てきたという前提に立つからである。しかし言語が相互に影響しあったり混じり合うという合成物であるとしたら、この方法は成立しない。シューハルトは比較言語学の静態的な前提でなく、言語は変化する動態的な存在であるとして、クレオール言語学への道を開いた。
むろんこうした批判をもって比較言語学が無効とするのは不当であり、比較言語学がこれまでに言語研究を深化させたことは否めない。シューハルトとは直接的な関係はないものの、20世紀の言語研究において、たとえばチョムスキーの生成文法論やローマン・ヤコブソン・クロード・レヴィ=ストロースら構造主義の理論的進展によって、言語構造の内在的分析が重視され、比較言語学は旧態として批判的に受容されたこともあった。
また、少数言語が滅亡していくなか、フィールドワークや現地調査が優先され、比較言語学的な系統論はこれまで軽視されることもあった。
たとえば「アルタイ言語学」などの日本語系統論は戦前の政治的な背景を想起させるため戦後は忌避される傾向が強く、現在にいたっている。しかしアメリカやロシアの言語学ではアルタイ諸語の比較研究は現在でも継続されている。
以下、西欧における比較言語学について記述する。日本における比較言語学については項目日本語の起源などを参照。
ウィリアム・ジョーンズ(1746-1794)
比較言語学はウィリアム・ジョーンズ(1746-1794)が嚆矢とされる。ジョーンズはインドに判事として赴任するなか、1786年「On the Hindu's」においてサンスクリット語が古典ギリシャ語やラテン語と共通の起源を有する可能性があることを指摘した。