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武蔵野台地(むさしのだいち)は、関東平野西部の荒川と多摩川に挟まれた地域に広がる台地である。その範囲は東京都の特別区の西半分と北多摩地域および西多摩郡の一部、そして埼玉県南部の所沢市や狭山市などの地域を含み、川越市は武蔵野台地の北端に位置する。武蔵野台地の地形は古くから研究が進められ、日本の第四紀編年の基準とされてきた。
目次
1 成立
2 段丘
2.1 立川崖線
2.2 国分寺崖線
2.3 北部河岸段丘
2.4 23区内の坂
2.5 山の手
3 湧水と利水
3.1 「ハケ」「ママ」の湧水
3.2 分水界
3.3 まいまいず井戸
3.4 用水路と農業
4 武蔵野台地と芸術・文化
5 関連項目
6 外部リンク
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関東山地を穿ちながら縫うように流れ下ってきた多摩川は青梅を扇頂とする扇状地を形成した。この扇状地が武蔵野台地の基盤であり、その上を関東ローム層が数メートルから十数メートルの厚みをもって堆積している。
段丘埼玉県朝霞市内の新河岸川から見た北部河岸段丘。野川公園から見た国分寺崖線。木立になっているところが実は崖。
武蔵野台地では2種類の発達した河岸段丘が見られる。ひとつは南側を流れる多摩川によって形成されたものであって低位面を立川段丘あるいは立川面、高位面を武蔵野段丘あるいは武蔵野面と呼ぶ。もうひとつは北部に見られるものであって、かつての多摩川の流路の名残りと考えられているものである。
立川市や府中市、調布市の中心市街地が載っている立川面は立川崖線(たちかわがいせん)によって多摩川の沖積低地と分けられていて、国立市谷保(やぼ)から青柳(あおやぎ)にかけて、および昭島市付近や青梅市付近にさらに低位の面を抱えている。それらを青柳面、拝島面、千ヶ瀬面として区別する研究者もいる[要出典]。立川崖線は、青梅付近から多摩川に沿う形で立川市内まで続き、中央線の多摩川鉄橋の付近から東に向かい、立川市役所の南を通って、南武線と甲州街道の間をさらに東に向かう。谷保の西で甲州街道の南に入る。ここに谷保天満宮が崖線を利用した形で置かれている。そこからは甲州街道のおよそ500mほど南を東に進み、狛江市元和泉付近まで続いている。立川崖線は府中崖線(ふちゅうがいせん)とも呼ばれる。
立川面と武蔵野面とは国分寺崖線(こくぶんじがいせん)によって分けられている。国分寺崖線は武蔵村山市緑ヶ丘付近に始まり、西武拝島線と多摩都市モノレールの玉川上水駅付近を通り、JR中央線を国立駅の東側で横切り、国分寺市・小金井市と国立市・府中市の市境に沿って東に進む。さらに野川の北に沿いながら調布市に入って深大寺付近を通り、つつじヶ丘などの舌状台地を作りながら世田谷区の玉川地区南部を通り、大田区の田園調布を経て同区の嶺町付近に至る。世田谷区の等々力渓谷は国分寺崖線の一部である。高低差は20メートル近くになる。
武蔵野台地の北部で見られる河岸段丘は、刃物を当てて浚ったような形状を示している。それらは現在流れている黒目川や落合川、柳瀬川といった小河川によって侵食されたのではなく、多摩川のかつての流路であろうと考えられている[要出典]。段丘の高低差は大きいところで数メートル程度なので段丘崖の存在に気づかないこともある。