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横浜共立学園中学校・高等学校過去の名称アメリカンミッションホーム
日本婦女英学校
共立女学校
国公私立の別私立学校
設置者学校法人横浜共立学園
設立年月日1871年(明治4年)
創立者プライン,クロスビー,ピアソン
共学・別学女子校
中高一貫教育中高一貫校
課程全日制課程
単位制・学年制学年制
設置学科普通科
学期2学期制
高校コード14503D
所在地〒231-8662
神奈川県横浜市中区山手町212
電話番号045-641-3785
FAX番号045-641-9188
外部リンク ⇒公式サイト
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横浜共立学園中学校・高等学校(よこはまきょうりつがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、神奈川県横浜市中区山手町にある私立完全中高一貫校。明治4年創立。英語名は DOREMUS SCHOOL(ドリーマススクール)。
最初は開港後にできた外国人居留地に住む外国人と日本人との混血児を収容する施設として設立された。現在では、プロテスタントの女子校として、フェリス女学院・横浜雙葉と並び横浜女子御三家と称される進学校となった。なお共立女子学園とは無関係。
目次
1 沿革
2 交通手段
3 校風
4 主な出身有名人
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
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1871(明治4)年、超教派の米国婦人一致外国伝道協会から日本に派遣された3人の婦人宣教師プライン、クロスビー、ピアソンによって山手48番地に「共立女学校」として設立された。日本最古のプロテスタントキリスト教による女子教育機関のひとつ。1932年、「横浜共立学園」に改称。1936年、校長に日本人が就任。1948年、現校名となる。
1931年(昭和6年)に設立された本校舎(W.M.ヴォーリズ設計)は横浜指定文化財となっている。
横浜女子御三家と称される他校との比較では、どちらかと言えば自由なプロテスタント教育の中にありつつも、規則・規律が厳格なことを特徴とする。例えば、同じプロテスタント教育で知られているフェリス女学院が校則なし(生徒心得はある)・自由闊達な校風であるのに対し、厳しい生徒心得が定められているなど、規律を重視する点が特徴。実際にも服装検査が不定期で何度もあったりするなど、規律をはっきりさせている。 勉強が進むのもかなり早い。その分宿題も多い。生徒達もそれについて行こうと努力するため、普通よりは勉強家が多いのではないかと考えられる。
主な出身有名人
坂本真琴(婦人運動家)
高田敏子(教育者)
渡辺カネ(北海道開拓者、英語教育者)
参考文献
加藤重1996『凛として生きる−渡辺カネ・高田姉妹の生涯−』
※2000年に晩聲社より『凛として生きる−渡辺カネ・高田敏子・坂本真琴の生涯−』と改題復刊。
横浜共立学園120年の歩み編集委員会1991『横浜共立学園120年の歩み』学校法人横浜共立学園・神保勝世。
関連項目
神奈川県高等学校一覧
外部リンク
⇒横浜共立学園
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