僧正(そうじょう)とは、僧官の一つをいう。
中国では、南北朝時代の南朝において、北朝の沙門統に相当する、仏教教団を統括する僧官として設置された。宋僧賛寧の『大宋僧史略』巻中「立僧正」によれば、僧正の「正」とは「政」に通じるという。そして、その始まりは、前秦の僧碧(道碧)であるとする。宋の順帝の昇明年間には法持を僧正とした。また、大明年間には道温を都邑(建康)の僧正に任じた。梁の武帝は、法超を都邑の僧正に任じたし、普通6年(525年)には、法雲を大僧正とし、慧令を僧正とした、という。そうして、北宋初に於いても、天下の各州に僧正1員が設置され、徳行と才能によって選抜され、適任者が居ない場合は欠員とされている、と記している。
日本では、仏教の僧綱制における僧位僧官のなかには、僧官として僧正、僧都、律師の三つがあり、僧正と僧都の二つには大・少の別がある。また、後年にはそれぞれに権官が設置され、十の位が成立する。僧正には大僧正、権大僧正、僧正、権僧正の四つがあり、大僧正が僧官制の頂点に位置づけられる。
関連項目
沙門統
三蔵
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カテゴリ: 僧 | 中国仏教 | 仏教関連のスタブ項目
更新日時:2008年8月23日(土)12:55
取得日時:2008/09/06 14:43