植民地(しょくみんち)とは、国外に移住者が移り住み、本国政府の支配下にある領土のこと。殖民地とも表記する。古くは古代ギリシアや古代ローマなどにも見られるが、以下では15世紀に始まる大航海時代以降ヨーロッパ各国が侵略によって獲得した海外領土を主として扱う。近現代においては、本国政府の憲法や諸法令が原則として施行されず、本国と異なる法的地位にあり、本国に従属する領土を植民地という。
目次
1 概要
1.1 植民地化の要因
1.2 植民地の統治形態
1.3 統治下の差別・分離政策
1.4 植民地主義
1.5 現在の植民地
1.6 その他
2 植民地支配に対する評価
3 ヨーロッパ諸国
3.1 スペインとポルトガル
3.2 イギリス
3.3 フランス
3.4 オランダ
3.5 ロシア(ソビエト社会主義共和国連邦)
3.6 その他のヨーロッパ諸国
4 日本
4.1 大日本帝国時代の統治地域
4.2 「外地」と植民地
4.3 日本の海外支配地域を植民地とすることへの異論
5 アメリカ合衆国
6 中華人民共和国
7 オマーン
8 イスラエル
9 関連項目
10 脚注
11 外部リンク
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古代にも植民地はあるが、「植民地」の規模をそれまでにないほど大きくしたのは近代西欧諸国の産業資本主義の対外交易戦略によってである。初期にはポルトガル・スペイン両帝国が、19世紀から20世紀にかけては英国が、植民地交易によって世界覇権を握った。
一般に帝国主義的先進国が植民地を原料工場・商品市場として開発するとともに、住民を政治的に抑圧支配する。植民地を獲得する過程では、ほとんどのケースで在来住民との軍事的な衝突が起こり、その全殺戮にいたることもある。例えばフランスはマルティニーク島の原住民を殲滅し、純粋な島民は絶滅した[1]。
平和的プロセスによって植民地が獲得される場合もあるが、いずれにせよなんらかの形で獲得したあとは、その植民地を統治・経営(植民地経営)することになる。その過程を植民地化という。
1804年、フランス革命に触発されたハイチが非白人国家としては史上はじめて独立して以来、旧植民地諸国は以降現在にいたるまで数多く独立していった。ただし先進国が独立を認めた背景には、世界経済システムの変容があるといわれる[2]。こうした一連の過程を脱植民地化という。
植民地化の動機・要因には、主に以下のようなものがある。
天然資源や労働力(奴隷)、市場の確保
本国に隣接した地域への領土拡大
本国民を移住させるための開拓地獲得
本国や既得植民地、海上交通路の防衛のための要塞や緩衝地確保
他国の植民地とされる前に勢力圏として確保
宗教的使命による布教地拡大
植民地の統治形態には、以下のものがある。
外交権や駐軍権のみを獲得し内政は先住民による統治に任せて原則として干渉しない保護領。
現地の王侯や部族長を通じて支配する間接統治。
本国から総督や民政長官、軍政長官などを派遣して支配する直接統治。
本国が外交と防衛のみを担当し内政は現地住民によって民選された政府・議会に委ねる自治植民地。ただし「自治」とはいっても、参政権は本国出身者に限定されたり、先住民の参加を認めても公用語(本国の言語)習得や一定額以上の納税などの条件を付けて、事実上の参政権が著しく制限されることが多い。
一般的に植民地統治が継続する中で1.から4.までの変遷をたどるケースが多いが、植民地が本国に隣接している場合、最終的に本国領土の一部として編入され、その過程で先住民も同化が進み、固有の言語や文化、民族意識を失っていく傾向にある。