森島 寛晃
名前
愛称モリシ
カタカナモリシマ ヒロアキ
ラテン文字MORISHIMA Hiroaki
基本情報
国籍 日本
生年月日1972年4月30日(36歳)
出身地広島県広島市南区
身長168cm
体重62kg
血液型A型
選手情報
在籍チーム セレッソ大阪
ポジションMF/FW
背番号8
利き足右
代表歴
1995-2002 日本64 (12)
森島 寛晃(もりしま ひろあき、1972年4月30日 - )は、広島県広島市南区大河出身の日本のプロサッカー選手。セレッソ大阪所属。愛称は「モリシ」。ポジションはミッドフィールダー(OH)、フォワード(ST)。
目次
1 プレースタイル
2 人物
3 所属クラブ
4 個人成績
5 代表歴
5.1 出場大会など
5.2 試合数
5.3 関連項目
6 個人タイトル
7 関連項目
8 外部リンク
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得点能力が高いためストライカーとして前線でプレーすることもあるが、小柄なため、前線でボールを待つよりも縦横無尽に走り回るという形容がぴったりと当てはまるMFとしてプレーすることが多い。特に2列目からの飛び出しが得意。セカンドトップとしての動きも秀逸でセンタフォワードを追い越しての得点も目立つ。中盤でボールが収まる数少ない選手でもあり、細かいステップのドリブル突破も時に有効。持久力があり、自軍ゴール前にも顔を出すほど守備への貢献も高く、動きの質も高い。相手DFは捕まえ辛く、怖い選手。チームへの貢献を考えるとその評価は意外と地味である。
人物
ジョホールバルの歓喜で日本初のワールドカップ出場を決めた時の一人である。日本代表としてフランスワールドカップ、日韓ワールドカップと2大会連続で出場している。
普段の腰の低い好人物ぶりは有名である。礼儀を忘れず、ファンに対しても優しく、試合直前の緊張感漂う中でも相手チームの選手と率先して握手する。その姿勢は「ミスター・セレッソ」と呼ぶに相応しいといえる。
ただしフィールド上では性格がアグレッシブになる。キャプテンとしての責任感もあるとか。
真面目さは練習熱心さにも現れている。ヤンマー入団時の監督だった吉村大志郎(ネルソン吉村)は、2002年のインタビューで森島に対しては練習をやらせることを考える必要はなく、逆にいかにして練習しつづけるのを止めさせるかを考えなければいけないと語っている。実際、森島は2000年のアジアカップ後に、オーバートレーニング症候群と診断されたこともあった。
2002年日韓ワールドカップのグループリーグ第3戦チュニジア戦では後半から出場。後半3分のファーストタッチでゴールを決めており、結果的にこれが日本の決勝トーナメント進出を決める決勝点となった。なお、このときの試合会場はセレッソ大阪のホームグラウンド、長居スタジアムである。
尊敬する人物として、同郷人で自身のサッカー人生のスタートでもある広島の名門・大河FCの先輩でもある木村和司を挙げている。森島の座右の銘「心・技・体」は木村の座右の銘でもある。高校時代から現在まで欠かさず、毎年1年の始まり、1月1日の大河FCの初蹴りには必ず参加している。
広島県出身のためか、原水爆禁止2002世界大会と同時に開催された青年の平和集会である「ピースジャム2002・ヒロシマ」に賛同メッセージを送ったことがある。
所属クラブ
大河FC(広島市立翠町中学校)
東海大学第一高校
1991年 - 現 在 ヤンマー/セレッソ大阪