原子力(げんしりょく)とは原子核変換により得られるエネルギー(核エネルギー)のこと、またはそのエネルギーを得る方法のこと。
原子核変換は原子核崩壊と原子核反応に分類され、また原子核反応は原子核融合反応および原子核分裂反応に分類される。
原子核反応により発生するエネルギーは、化石燃料の燃焼などの化学反応により発生するエネルギーに比べて桁違いに大きく、エネルギー資源として有用とされている。
しかし、原子力の利用により、放射線、放射線を放出する能力(放射能)を持った物質(放射性物質、放射性廃棄物)が発生する。放射線は、その量や強さに応じて生物に対して悪影響を与える(放射線障害と呼ぶ)ため、これを適切に防護(放射線防護と呼ぶ)する必要がある。放射線防護についての国際的な研究機関としてはICRPがある。
また原子力の利用目的には、平和利用および軍事利用がある。平和利用としては原子力発電所があり、軍事利用としては核兵器がある。原子力の利用目的を平和利用に限るための国際機関としてIAEAがある。
歴史など
放射線の発見 1895年、レントゲンが謎のビームX線を発見し、ベクレルはウランが発する同様の謎のビームを発見して、これらは放射線と名づけられた。3年後ピエール・キュリー、マリー・キュリー夫妻がラジウムを発見してここから放射線の研究が始まった。
1938年 ドイツのオットー・ハーンにより原子核分裂が発見される。
1945年 米国のマンハッタン計画によって核分裂反応を利用した最初の原子爆弾が製造される。広島・長崎に原子爆弾が投下され、原子爆弾が実際に使用される。このとき得られたデータは放射線障害の重要なデータとして現在でも使用されている。第2次大戦以降、世界の大国による核兵器開発が行われる。
1954年 英国において世界で最初の商用の原子力発電を開始した。
1966年 日本の東海発電所において日本で最初の原子力発電を開始した。原子力は未来のエネルギーとして期待され、歓迎された。
1979年 米国のスリーマイル島原子力発電所で運転員の誤操作により炉心溶融事故が起こった。放射性物質の放出は防げたものの、周辺住民10万人が避難した。この事故以降、原子力に対する批判的な機運が高まった。
1986年 旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所で実験中に爆発事故が起こり、放射性物質が環境中に放出され47人が急性の放射線障害で亡くなった。2006年のIAEAの報告では、晩発の放射線障害を含む死者の推計数は約9000人とされており、原子力発電所の事故としては最悪の事態となった。
1999年 茨城県のJCOにおいて正規の作業手順を無視したことにより臨界事故が起こり、大量の放射線を浴びた作業員2名が、急性の放射線障害で亡くなった。戦後日本で初めての原子力による死亡事故である。
1999年には世界の発電所で425基の原子炉が稼動し、年間で35,943万kW年の電力が発電された。この他にも原子力空母と原子力潜水艦で動力用原子炉が使用されている。2003年には日本の発電所では52基の原子炉が稼動し、年間で3,357万kW年の電力が発電された。これまでの原子爆弾の実戦での使用実績は2発であるが、核実験の回数は全世界で2000回を超えている。2003年の世界の原子爆弾保有数は約3万発である。
核融合発電の実用化は100年後とされている。
原子力の技術には長所と短所が数多くあり、人によりどの点を重要視するかによって肯定的な立場や否定的な立場をとる。2000年前後の時点で日本人は肯定する人と反対する人の割合に大きな偏りはないとされるが、しかし圧倒的に大多数の人が無関心である。関心を持つ人の間ではしばしば、原子力技術の将来の発展性、大事故の可能性、など科学的な評価の難しい論点が取り上げられ、事実よりはむしろ想像に基づく議論が展開される。
原子力に対する肯定、否定の態度は最初に原子力の情報に触れた時に得た印象で方向付けられる傾向があるとされる。しかし原子力に関するほとんどの情報は肯定否定いずれかの立場で活動する者から発信されているので初学者は注意が必要である。