初代林家 三平(はやしや さんぺい、本名:海老名 泰一郎(えびな やすいちろう。旧名:栄三郎(えいざぶろう))、1925年11月30日 - 1980年9月20日)は、落語家。社団法人落語協会理事。
東京都台東区根岸出身。旧制明治中学卒業。通称は「根岸」 。出囃子は「祭囃子」。
目次
1 家族
2 来歴
3 名前
3.1 海老名榮三郎
3.2 林家甘蔵
3.3 林家三平
3.3.1 なぜ「林家」なのか
3.3.2 なぜ「三平」なのか
3.3.3 代数
3.3.3.1 3代目説
3.3.3.2 初代説
3.3.4 林家三平を名乗り続けた理由
3.3.5 未来の林家三平
3.4 林家正蔵の名跡
4 師匠
4.1 初めの師匠
4.2 父正蔵の死
4.3 7代目橘家圓蔵に入門した理由
5 芸風・エピソード
5.1 三平一門の結束と矜持
5.2 私生活
5.3 晩年
6 ネタ
6.1 『源平盛衰記』
7 CM
8 一門弟子
9 戦争
10 林家三平を描いたドラマ・舞台等
11 三平ストア
12 公式資料館「ねぎし三平堂」
13 関連項目
14 外部リンク
15 出典・脚注
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東宝専属7代目林家正蔵の実子で長男。長女海老名美どり(俳優峰竜太の妻)、次女泰葉(春風亭小朝の元妻)、長男は9代目林家正蔵(前名・林家こぶ平)、次男林家いっ平(2009年春に2代目林家三平を襲名予定)。 妻は海老名香葉子(教育再生会議委員)。義兄は釣竿職人の中根喜三郎(妻・香葉子の兄)、孫は下嶋兄(海老名美どりの息子)。
来歴
1925年11月30日、7代目柳家小三治(後の7代目林家正蔵)(海老名竹三郎)の長男として東京根岸に生まれる。海老名榮三郎(えびな・えいざぶろう)と名づけられる。
1943年 明治大学付属明治中学校・高等学校(旧制では中学)を卒業
医師になるべく医大進学を目指す
1945年3月 陸軍に徴兵される
1945年10月 敗戦により除隊
1945年 復員後、本名を海老名泰一郎(やすいちろう)に改名。
1946年2月、東宝専属である父正蔵に入門し東宝名人会の前座となる。父の前座名柳家三平を貰い、芸名を林家三平と名づけられる。この名を生涯名乗り続けることになる。
現在の公式プロフィールでは、林家甘蔵は名乗らなかったことになっている。
1946年4月、初高座。
1947年 秋、東宝名人会において二つ目に昇進。
1949年10月20日 父正蔵死去。