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日本の政治家
松岡利勝
まつおか としかつ
生年月日1945年2月25日
出生地熊本県阿蘇郡阿蘇町
没年月日2007年5月28日(満62歳没)
死没地東京都新宿区
出身校鳥取大学農学部卒業
前職林野庁林政部林政課広報官
所属政党自由民主党
称号・勲章農学士(鳥取大学)
世襲の有無無
親族(政治家)景山俊太郎(長男の義父)
第42代農林水産大臣
内閣安倍内閣
就任日2006年9月26日
退任日2007年5月28日
衆議院議員
選挙区(旧熊本県第1区→)
熊本県第3区
当選回数衆6回
就任日1990年
退任日2007年
表・話・編・歴
松岡 利勝 (まつおか としかつ、1945年2月25日 - 2007年5月28日)は、日本の農林水産官僚、政治家。自由民主党所属の衆議院議員を務めた。
目次
1 概要
2 経歴
3 政策
3.1 日本食の認証制度
3.2 攻めの農政
3.3 日豪FTA
3.4 対中コメ輸出
4 疑惑
4.1 内閣府へのNPO申請照会、口利き疑惑
4.2 事務所費の不透明な支出
4.3 光熱水費問題
4.4 100万円献金使途不明問題
4.5 その他
5 自殺
6 人物像
7 家族・親族
8 主な所属議員連盟
9 脚注
10 関連項目
11 外部リンク
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安倍晋三内閣では農林水産大臣となったが、在任中に自殺した。米の輸入自由化や危険なアメリカ産牛肉に抗議するなど対米追従派でない面もあったが、マスコミに批判されるようになってからは一部の人々から九州のムネオなどと呼ばれた。小泉内閣の中期までは典型的な建設族・農林族として知られた。
熊本県阿蘇町(現阿蘇市)の農家の長男として生まれる。父は第2次大戦中、満州で旧日本軍の憲兵をしていたが、帰国後は定職を持たず林業ブローカーのような仕事をしていた。父は非常に厳格な人だったが、気に入らないことがあると怒鳴りちらす気性の荒いところもあり、周囲でも怖がられる存在だったという[1]。
中学卒業後熊本県立済々黌高等学校に進学し親元を離れ、下宿生活を送る。空手部に入り精を出した。高校2年の修学旅行で東京を訪れた際には、単身で赤尾敏(大日本愛国党元総裁)を訪ね、活動への参加を志願している。結果は断られたものの、右翼思想への傾倒は松岡にとって大きな転機になったという[1]。
防衛大学校を目指すが失敗し、2浪ののち鳥取大学農学部林学科に進学する。