この記事に雑多な内容を羅列した節があります。
事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。
このタグは2008年3月に貼付されました。
東 貴博
本名:飛田 貴博
コンビ名:Take2
立ち位置:左
事務所:佐藤企画
国籍: 日本
出身地:東京都台東区
生年月日:1969年12月31日(38歳)
活動時期:1988年 - 現在
東 貴博(あずま たかひろ、本名・飛田 貴博(ひだ たかひろ)、1969年12月31日 - )は、東京都台東区浅草出身のお笑いタレント。血液型はO型。お笑いコンビ・Take2のボケ担当。専修大学附属高等学校卒業。コメディアンの東八郎の次男(五人兄弟。末の弟は元お笑いコンビ「ジャックアンドイレブン」で浅井企画所属の東朋宏)。通称「東MAX(アズマックス)」、「下町のプリンス」と呼ばれる。
目次
1 経歴
2 人物
3 エピソード
4 出演番組
4.1 現在
4.1.1 テレビ
4.1.2 ラジオ
4.2 過去の出演番組
4.3 アーティストPV
5 外部リンク
//
経歴
1988年、18才の時にコメディアンだった父・東八郎が急逝。東八郎の一番弟子で親交の深かった萩本欽一の勧めで欽塾へ弟子入り。
1994年、欽塾出身の深沢邦之とお笑いコンビ「Take2」を結成。
1995年、相方・深沢の結婚やフジテレビ系のバラエティー番組『タモリのSuperボキャブラ天国』の出演をきっかけに一躍有名になり、東はロングヘアーが売りのかっこよさと三枚目キャラのギャップが受けて人気が上昇。「下町のプリンス」または「魅惑のサラブレッド」の異名を得る。
1996年、TBS系朝の情報番組『はなまるマーケット』に情報プレゼンターとして2003年までレギュラー出演(Take2として)。以来ソロ活動が増え、様々なバラエティ番組や舞台等で活躍している。
2000年7月、父の十三回忌追悼公演「86の13 〜数珠もってこい!!法事の代わりに舞台しますSPECIAL〜」で座長・脚本・主演を務めた。演出:萩本欽一、共演:はしのえみ、有田哲平(当時海砂利水魚)、土田晃之(当時U-turn)、西尾季隆(当時×-GUN)、ノッチ(デンジャラス)など。
2001年2月21日、大滝詠一の代表曲「A面で恋をして」の替え歌「冷麺で恋をして」を「小滝詠一」の名でリリース(パロディ作詞:高田文夫)オリコン初登場99位を記録。
2005年10月3日から2006年9月29日まで、ニッポン放送他全国ネットで放送中のラジオ番組『東貴博 ニッポン全国 ラジベガス』(月〜金)でメインパーソナリティを務めた。2006年10月2日からは後番組の『東貴博のヤンピース』(月〜木)のメインパーソナリティを務めている。
2006年11月20日、初代たいとう観光大使に任命される。ただし、スケジュールの都合で任命式は欠席。
自身をロケ芸人と名乗るほど、毎日ロケを日本中のどこかで行うことが多い。これは干されている(冷遇)わけでなく本人がロケを希望しており、「ロケは素人とのカラミが多い。自分は芸能人だから必ず光って見えるから」と話している。しかし共演者から「素人のキャラに負けている」と言われる事が多い。事実ここ数年の芸能活動は殆どレポーターがメインとなり産地名物の紹介、観光地や田舎暮らしの紹介などテレビの露出度は相当増え、お茶の間の人気者になっている。一番受けている理由として、温厚な東の、周りへの気遣いや気配り、そして子供への愛情豊かな接触などが好感を持たれているようだ。2007年9月『世界の果てまでイッテQ!』の出演時にはスタジオ収録部分に出演していたが、「ロケに慣れているので息苦しい」と発言していた。とはいえ、近年バラエティでは重宝されるひな壇芸人のひとりであり、きよしとこの夜ではワンコーナー司会をまかされており確実に進行役を務める安定感のある芸風も持ち味。また芸人雑学王のひとり。
高校時代不登校(授業のサボタージュなど)を起こし卒業が危ぶまれた時期があり、この窮状を見かねた学校が八郎に通報し、八郎が貴博を諭してくれたことにより、この危機の脱出に成功したことを本人が談話している。
家族構成は母(福島県の旅館経営者の娘で、化粧品販売店を営み家計を助けていた)、6才上の兄、弟(東朋宏)、2才と4才下の妹。