東京湾(とうきょうわん)は、日本の関東地方にある湾。かつては江戸城の目前にあることから江戸前の海と呼ばれていた(江戸湾という呼称は文献にほとんどでてこない)。
目次
1 地理
2 環境保全
2.1 干潟
3 歴史
4 沿岸の海洋信仰神社
5 交通
6 関連項目
7 外部リンク
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狭義には三浦半島の観音崎と房総半島の富津岬を結んだ線の北側(図の赤い範囲)、広義には三浦半島の剱崎と房総半島の洲崎を結んだ線より北側、すなわち浦賀水道(図の水色の範囲)を含んだ海域を指す。狭義の東京湾の面積は922 km?。広義の面積は、1,320 km? である。
多摩川、鶴見川、江戸川、荒川などが注いでいるが、湾口が狭く外海との海水の交換は行われにくい。そのためたびたびプランクトンの異常発生である赤潮が発生してきた。外海に面している浦賀水道の水質は良く、加えて黒潮の影響を受けるため温かい水を好む南方系の魚やサンゴも生息している。特に、夏には沖縄近海で見られるような魚(死滅回遊魚)の姿を見ることも出来る。湾内には、明治・大正期に造られた海堡(かいほ)を始め、多くの人工島がある。対して、自然島は現在横須賀市沖の猿島のみ。
横浜港、東京港、千葉港、川崎港、横須賀港、木更津港などがあり、横須賀港には米軍横須賀基地や海上自衛隊横須賀地方隊の基地がある。沿岸は神奈川県、東京都、千葉県に面し、京浜工業地帯や京葉工業地域が立地し、加工貿易で国を富ませてきた日本の心臓部であった。
元々遠浅で砂地の海岸が多かったため、各所で埋め立てが進められてきた。東京国際空港(羽田空港)や東京ディズニーランドも埋立地にある。浦安市などは埋立により3倍に市域が拡大し、千葉市美浜区にいたっては全域が埋立地である。埋立地は大規模な工業地としての利用が目立つが、バブル経済崩壊後は再開発が進められるようになり、オフィスビルや高層住宅、そしてショッピングセンターなどへの建て替えも見られる。
沿岸地域や流入河川の流域における都市化・工業化の進展に伴い、環境汚染が問題となっている。
沿岸の埋め立てに伴い干潟面積は大きく減少しているが、海水の浄化作用があること、海生生物や野鳥の生息に欠かせない自然環境であることから、残された天然の干潟に対する保護運動が起きている。現在東京湾に残る干潟は以下の通り。
野島海岸(神奈川県)
多摩川河口干潟
三枚洲(東京都)
三番瀬(千葉県)
谷津干潟(千葉県)
盤洲干潟(千葉県)
富津干潟(千葉県)
鎌倉時代には既に交通路として利用されていた資料が残る。中世には海賊衆も活動し、戦国時には後北条氏と里見氏の水軍の争いの舞台にもなる。なお、一般に東京湾の旧称とされている「江戸湾(えどわん)」という呼称は、徳川家康が江戸城を根拠とした17世紀以後(使用が確実なのは更に時代が下った江戸時代後期以後)のものと考えられ、それ以前には単に「内湾」(もしくは「内海」)と呼ばれていたようである。
江戸時代には菱垣廻船や樽廻船などの和船による水運が行われ、後期には外国船来航に対する湾岸防備のために品川に台場が築かれている。長らく鎖国状態にあったが、黒船来航の後に日米修好通商条約が結ばれ、横浜港が開港された。